Heart of glass
「それ、聞いてたって嘘だろ」
唐突な指摘に、硝は目を丸くした。一方の彼は曲がり角を見つけ、くるりと曲がろうとする。硝は思わず大声で告げる。
「その道ちゃうって。第一体育館は次の曲がり角や。あの教室からは、体育倉庫につながるこの道が見えんさかい」
一度落としたスピードによって、硝は彼に追いついた。やっと隣に並んだ彼に、硝は先ほどの「嘘」発言の理由を尋ねる。すると彼はそれに対し、きょとんとした顔をした。「だってお前、オリエンテーション聞いてなかっただろ」
先ほどの硝の発言をいさぎよくくつがえすセリフに、彼は驚きつつも訂正を試みる。
「聞いと・・・」
「俺が身体測定の場所を聞いたとき、お前はクラスメートを見つけて第一体育館だって解っただろ」
硝の反論は、彼にすぐに打ち切られた。そうとうなまぬけ面になった硝をちらりと見てから、彼は話を続ける。
「しかもあの階からたった一人の友人を見つけたからって、クラスは特定できない。内部であればクラスメートの約三分の一が顔見知りだ。それならクラスを特定できる。あの拍手の状況からお前の内部生としての顔の広さが推測できるから、クラスメートの三分の一が全員顔見知りでもおかしくないだろう?オリエンテーションを本当に聞いてりゃ、そんな面倒くせぇことしなくてもいいよな?」
硝の言葉をくつがえすその説明を、彼はまるで昨日の話をするように言ってみせる。彼の説明を聞いた硝は、もう丸くする目もなく、あぜんと口をあけていることしかできなかった。
見えてきた曲がり角を曲がると、色のはげた古い建物が見える。先ほど教室から見えた近代的な構造に合わない、古びた建物。その前の集団の中に、あの印象に残る長身の少年を見つけた。つまり、自分のクラスを見つけたということである。二人はゆっくりと速度を落としていき、自分のクラスの最後と思われる辺りに続いて第一体育館に入った。身体測定前だというのに、硝はゼイゼイと肩で息をしている。体力はないようだ。
身体測定は、中学生と同時に行われる。高等部は一年一組から順に行うため、入り口がごった返していたわりにはすいていた。どこからやるかは自由で、二人が初めに並んだのは、一番あいている体重からだ。男女が同じところで測定するため、女子が他に知られるのを嫌う体重は人がいないのである。先に彼の順番が来て、彼はカードを保健委員に手渡す。保健委員の長髪の少女は少し顔を赤らめて、彼からそのカードを受けとった。実は彼の面立ちは少し女性的な美しさを持っている。本人が気付いていないところがおかしいが。
ずいぶんと懐かしい灰色の体重計をおりた硝は、彼を探した。硝が体重を量っている間に、彼はさっさと次に進んでしまったのだ。きょろきょろと探していると、座高のところに彼を見つける。瀬の低い彼は、失礼ながら見つけにくいのだ。
作品名:Heart of glass 作家名:神田 諷