Heart of glass
「量っとる間くらい、待っとってもええやんか」
「いいだろ?どっちかが先にならんどきゃ、横入りしたって誰も責めねぇみたいだからな」
対人関係などさらさら気にしない彼の皮肉に、一般的な対人関係の大切さをよく知る硝は苦笑いした。彼が場所をとっていたおかげで、早くも座高を測る順番が来た。二人は椅子のような形になっている、座高測定器に腰掛ける。
「浅井貴志惟(きしただ)、八十三センチ」
「奥椙硝、九十七センチ」
図り終えた途端、絶望の混じった声で硝が叫んだ。
「あー!座高がまた伸びとる!胴長短足に逆戻りやぁ」
「俺の身長で九十七も座高があったら、普通に短足どころじゃすまねぇけどな」
いらだちを隠さない彼に、身長の話題はタブーだったかと笑う。それにしても。
「っちゅーかお前の名前、浅井っちゅーんやな」
「ああ?言ってなかったか?」
今まで散々黙っていたくせに、いまさらそれもないだろう。あまりに身勝手な彼に、硝はしょうがないと嘆息した。
身長測定はまだ混んでいるため、先に別室の視聴検査、血液検査に向かう。別室というのは、体育館の隣にある体育準備室のことを指す。体育倉庫が遠いために設けられた、体育で使う用具を体育委員が朝のうちに運んでおくための、仮設体育倉庫というのが正しいだろう。人数が多すぎるゆえに用具の量も並みならず、全てが入る大きさの倉庫が作れなかったというのが大きな原因らしい。おかげで体育倉庫は分散し、どこに何があるのか委員はすべて把握していないというさまだ。
二組が到着したためか、すいているといっても先ほどのすきようより、少し混んでいる。背の低い貴志惟などすぐに埋もれてしまいそうで、硝は彼の後をぴったりと追いかけていた。
不意に、奇抜な色が視界に入った。その人物の頭は燃えるような赤で、服も規定のものではなく私服のようだった。校内の建物の中では新築に入る白い壁と、生徒たちの初めて着た高等部の白い体操服が、黒い服の彼の異質さを増長させている。「なぜ怒られないのか」と疑問を抱くより先に、「いや、怒れないだろう、アレは」という教師への同情が出てくるような身なりと言えよう。ギョッとしている硝を一瞥してから、派手な彼は教室から姿を消した。じっと見すぎてしまったかと、恐怖心に襲われる。まるで何事もなかったかのように、硝は貴志惟に視線を戻した。
作品名:Heart of glass 作家名:神田 諷