Heart of glass
脱却と回帰
「ああ、そういえば」と、出て行ったはずの貴志惟が、閉まりかけた扉を押さえた。あまりにも早い再開に、次に会う時の気まずさを懸念していた硝は焦る。そんな彼の様子を見てなお、貴志惟は再び淡々と語りだした。
「男同士の会話ってのは、情報交換のために行うものだそうだ」
「なんやの、いきなり」
硝は眉間にしわを寄せた。しかしその顔は、貴志惟の灰色の瞳には映っていない。きっと彼が今の硝の顔を見たら、それこそ気分を害するだろう。見えてないからこそ幸いというものだろう。
「俺は、自分が人好きだなんて知らなかったし、考えもしなかった」
閉まらない、開けきらない程度に扉を動かす。その反動で彼の髪の毛がなびいた。
「その話、俺に関係あるん?」
「ああ、関係ないかもな。興味がなければ帰っていいぞ」
あまりにもあっさりとした貴志惟の返答に、硝は拍子抜けした。が、扉付近に立つ貴志惟を無視して帰るほどの度胸は、臆病な彼には備わっていない。なんのアクションも起こさない硝に、貴志惟はにやりと笑いかけた。
作品名:Heart of glass 作家名:神田 諷