Heart of glass
帰り道。貴志惟は改めて後悔した。何がそんなに嬉しいのか、硝がずっと鼻歌を歌い続けているのだ。恥ずかしいったらなかった。しかし自分でタカに怒られるよりマシだと判断したので、苦情を言える立場でもない。周りから見れば、貴志惟のいらだちがオーラのように目に見える。
それにしても、と貴志惟は硝を見た。
硝は恐ろしいまでに制服をきちんと着ていた。着こなしているとか、そういうものではない。ワイシャツのボタンは第一ボタンまできちんととめ、すそもズボンの中に入れている。もちろん整髪料も一切使っておらず、既定のカバンにはキーホルダー一つ付いていなかった。一応全部校則で決まっているのだが、キーホルダーなんかは、守っている者など数えるまでもない。硝の校則に対する真面目さは、異常なまでに徹底しているのだ。
イライラを隠さず歩いていた貴志惟が余計な事を考えていると、また厄介な人にからまれてしまった。
「ムカつくな、お前ら」
少しでもいい、誰か俺の不幸をもらってくれ…。貴志惟はそう思いながら周囲を見る。不良が出るには珍しい時間帯だと思ってはいたが、見るも見事に他の不良は誰もいないという状態だった。一匹狼型。勝手に作った不良の分類を、貴志惟は少年に当てはめる。同じようなのが集まった群型も、強い一人に群がっている統制型も面倒なので、まだマシな方と言えよう。
目の前にいる不良に、平穏無事な人生を歩む硝はおびえている。図体こそ平均を上回れど、その精神はずっと平均値だ。いや、もしかしたらこういうものへの耐性は、平均以下かもしれない。彼は小さい貴志惟の後ろに器用に隠れた。
「浅井っ!不良の相手は不良の仕事やろ?」
「誰のせいでからまれたと思ってんだ!しかも俺はもう不良なんてやめたんだよ!」
「不良『なんて』…?」
ゆらりとした少年のつぶやきに、貴志惟は失言に気付く。「なんて」という言葉が格下と判断している相手にしか使わない事くらい、今時の小学生だって分かるだろう。あわてて取りつくろおうとしたものの、もうすでに意味はないようだった。少年は怒りのままに二人を指さした。
作品名:Heart of glass 作家名:神田 諷