Heart of glass
「先生に資料の配達を頼まれてん。資料室の鍵、貸してんか?」
「ああ、奥椙君。珍しいわね、何したの?」
「遅刻や、遅刻。詳しいことは聞かんといて」
資料室の鍵を取り出しながら尋ねた管理人らしいおばさんに、硝は笑ってごまかしてからその鍵を受け取った。本当に学内での顔の広さはピカイチである。礼を言って、そそくさと奥へ入っていく。貴志惟もあわてて礼を告げると、おばさんは驚いたが、柔らかく笑いかけてくれた。その人の良さに、貴志惟は少しほっとする。
資料室の扉を開けると、あふれんばかりの教材の山が目に入ってきた。科目ごとに分かれてはいるものの、自分のクラスの教材を探さなければならないとなると話は別だ。わずかな足場を探し歩いていき、なんとか目的の科目区域にたどり着いた。卓上にも大量に置かれている教材のせいで、周囲を見渡せない貴志惟に対し、背の高い硝は上から探す。
「お?あったで」
「どこだ?」
「このまままっすぐ行けば着くで」
「ここからまっすぐって・・・」
貴志惟の視界には、山積みにされた教科書しか見えない。足の踏み場もないとはこういう光景の事を言うのだと、しっかりと思い知らされた。ぽかんとする貴志惟をよそに、硝はその長い身体を駆使してぐっと手を伸ばす。捨てるときのようにヒモで教材がまとめられているだけなので、指さえひっかけることが出来れば、たぶん簡単に取れるのだ。しかし、いくら背の高い硝といえど、かなりその距離はぎりぎりだった。
「あともう少し・・・」
バランスを保つのがきわどいくらいに身を乗り出した硝は、案の定足をすべらせた。驚いた貴志惟は、あわてて彼の腕を掴む。が、なぜか不意に硝が手をはじいた。貴志惟以上に驚いた顔の硝は、そのまま教材の山に倒れこんだ。思い切り教材の角に背中を打ちつけた硝は、そのままの格好で、ぽかんとした顔のまま貴志惟を見ている。
作品名:Heart of glass 作家名:神田 諷