Heart of glass
彼と硝が出会ったのは、今からたった五日ほど前、入学式の日だ。
入学式の日。式典を終えた彼は担任の誘導に従い、そのまま教室に向かう。座席は縦六列、横七列。担任の指示により、生徒達が出席番号順に座席に座っていく。彼は自分の出席番号を確認したあと、すみやかに着席した。さっさと入ったためにそれほど混雑することもなく、後から入ってきた人たちが、自分の席になかなか辿り着けずに苦戦しているのを、彼は横目で冷静に見やる。そんな中、モデルのような面立ちに長身という素晴らしいルックスの少年を見つける。ずいぶんと印象に残りやすい外見だ。その周りに、人が集まっている。親しそうに話す様子から、その人物が持ち上がりであることが判った。持ち上がり組はすでにグループが出来上がってしまっているようだ。
そんな推測を巡らせている間に、がらりとあいていた座席はどんどん埋まっていった。それに準じて彼の隣の席も埋まる。彼の隣に来たのは、先ほどの少年とは違うが、とても背の高い少年だ。群青色の鮮やかなセルフレームの眼鏡が特徴的である。特に誰ともしゃべらずにそわそわとしている感じから、彼はその少年を外部生とふむ。
全員がそろい、わいわいと話す空間に教師が一声かける。少しずつ内部生たちの会話が止まっていき、生徒達の視線が教師に集まる。と、そんな静まりかえったときだった。隣に座る眼鏡の少年が、彼を見て目を丸くした。
「!お前不良なんか?」
硝の視界に入る耳だけで四つもピアスをつけており、首には鷲かなにかの翼のモチーフのペンダントをかけ、指は両手を合わせて四つも指輪をはめている。確認せずとも、不良であることは一目瞭然という身なり。そのため聞かれた彼は、目を丸くして固まってしまった。
沈黙に疑問をもった硝は、机に顔を置くような体勢で、遠目に彼をのぞきこむ。小さな声での驚嘆は、うまい具合に教師の説明にかき消えていて、ほかに迷惑は一切かかっていない。彼は同じように、教師の話すタイミングにあわせて小さな声で返した。
「だったら何だよ」
「ほんまもん初めて見たわ〜」
まるで珍獣を見たかのような硝の反応は、みごとに彼の琴線に触れ、じろりと硝をにらみつけた。射るような目つきとは、こういうものを言うのだろう。しかし硝は満足そうに笑い、その手を差し出してきた。いぶかしげに彼はそれを見る。何が言いたいのか解らない彼に、硝はそのままの状態で平然と言った。
「なに不思議がっとんねん。握手やんか、握手」
関西ではこれが普通なのかと一瞬勘違いしたが、日本国内に初対面の相手と握手をする習慣のある場所があるものかと思い直す。そしてその考えを信じた彼は、そのままその手を無視した。しかし硝が手をひっこめる気配はない。
「っで!」と、硝が妙な声を上げた。ふと頭上を見ると、教師がファイルを手に苦笑いをしながら硝を見ていた。どうやら硝の頭をファイルで叩いたようだ。ファイルの背という地味に痛い部分で叩かれた硝は、涙目で教師を見た。
「イッタいやないか!」
「友達を作るのもいいが、先生の話はもっとちゃんと聞こうな?」
そのあとも続いた漫才のようなやり取りに、クラスから笑いがわき上がる。硝はなんで笑われているのか解らずに、ふてくされて背もたれに寄りかかる。硝のななめ後ろにいる内部生らしいクラスメートに、興味を持たれ話しかけられていた。が、硝自身はあまり興味がないらしい。対応が目に見えて粗雑だ。
その日はそれ以上話しかけられることはなかった。そのためにもうあきらめたのかと思ったのだが、その考えは非常に甘かった。
作品名:Heart of glass 作家名:神田 諷