Heart of glass
家に着いた硝は、カバンの中身を取り出した。教科書、ノート、そして一本の飲んでいないバナナ・オ・レ。何で二本も買ったのか、硝自身が解っていない。が、簡単に推測はついてしまう。その推測が嫌で、硝はじっとバナナ・オ・レを見てつぶやく。
「・・・なんで忘れられへんねん」
理由の明白な感情に、硝はもやっとする。そのもやもやをぶつけるように、彼は勢いよくバナナ・オ・レをテーブルの上に置いた。
不意に彼は、テーブルの上に二通の手紙を見つけた。とはいえ、一通は単に出かけた母親の置手紙だ。そしてもう一通が彼にとって問題だった。切手が貼られていないその手紙は、どうやら直接入れられたものとみえる。となると、書かれていない差出人の予想がついた。彼は持っていたそれを、開けずに屑籠に捨てる。そのまま何事もなかったかのように、二階にある自室に向かった。
部屋に入った彼はカバンを勢いよく置き、部屋においてある一人掛けのソファにボスッと腰を下ろす。頭の中に先ほどの手紙が浮かんだ。中学三年の再会以来、彼女は週一ペースで手紙を置きにくる。ふと、机の上の写真たてに視線を向けた。そこにあるのは、笑っている三人の子供。一番右端にいる子供は、硝に瓜二つだった。立ち上がり、いやでも視界に入る写真立てをふせる。
「なんでこうなったんやろな…」
暗闇の中でふせた写真立てをなでながら寂しそうに、しかしとても愛おしげに硝はつぶやいた。
作品名:Heart of glass 作家名:神田 諷