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Heart of glass

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「どうしたんですか?」
 少しあせった物言いに、なんとなく視線を向ける。声が小さく遠くだったので、誰に向かって言っているのかと貴志惟は興味を示したわけだが、どうやらその言葉が自分にかけられているらしいと気付いてから驚いた。下駄箱に直結する廊下から、まっすぐ貴志惟のほうを見ている少女は、彼の身なりに怯えているようで、その距離を縮めようとはしてこない。
「あんたには関係ねぇだろ」と返したものの、彼女に声が届かなかったらしく、彼女はびくびくとしながらも、まだ貴志惟を見ていた。自分を恐がる普通の人間が一番面倒くさい。それは貴志惟が不良になったときから変わらない考えだ。そのまま彼女に関わるのは厄介だと判断し、まだ痛みのとれた脚で立つ。が、まだ一人で立って歩くには衝撃が残りすぎている。わずかな痛みから無意識に足をかばうため、ふらつきが取れない。
「保・・・、保健室に行きましょう!」
 勢いよくそう言うと、彼女はいきなり貴志惟のほうに歩いてきて、震える手を貴志惟の前に差し出した。見知らぬ人に無条件な優しさを見せる彼女に、貴志惟は不思議そうな表情を隠せない。また、そんな目で見られる彼女は少し気まずそうだ。言い訳をするように慌てて付け足す。
「わ、私、保健委員なんです!」
 そこで貴志惟は思い出した。全然覚えていなかったが、よくよく思い出してみれば身体測定の際に体重を担当していた少女だ。差し出された手を借りずに、しかしこのままいれば硝に追いつかれるので、少女の申し出を受けることにする。
 観念した貴志惟に肩を貸すように少女が腕の下に潜りこむ間、ふと視界に見慣れた人物を見つける。反対側に歩いていったため、先の行動を見ていたのかは解らず、しかし見られていたときの事を想像してしまった貴志惟の背筋に悪寒が走った。
 保健室に着いた貴志惟は、少女の誘導によりベッドに座らされる。貴志惟の脚に貼るための湿布を探し、少女は奥のほうへと姿を消した。実際見てみると喧嘩で蹴られたときのように、ふくらはぎがパンパンに腫れているようだった。どうやら足をかばった筋肉が、大ダメージを喰らったらしい。
 少し喧嘩しないだけでこうなるのかと、貴志惟は方向違いに感心する。そこに奥から保健委員の少女が姿を現した。湿布のあり処が解らなかったために時間を要したのだと、少女は謝りながら説明をする。貴志惟がズボンの裾を膝丈まで上げると、彼女は手際よく湿布を貼った。さっさと礼を言った貴志惟は、窓から硝が下校したのを確認し、彼女を残して保健室を後にした。
作品名:Heart of glass 作家名:神田 諷