Heart of glass
「空気っちゅうもんは、読まなあかん時と、読んだらあかん時があんねんで」
「今のは読まなきゃいけない時じゃないのか?」
「読んだらピリピリになってまうやんか。つまり、読んだらあかん時っちゅうことや」
「・・・お前とはいまいち意見が合わねぇな」
「水と油も振れば混ざるで」
「一時的にな」と、ドレッシングを持ち出した硝の比喩に対して乱暴な返事をし、言葉同様ガタンと音を立ててカバンを背負う。逃げられると察して素早く行動した硝だが、貴志惟はもっと早くに教室から去っていった。まだ走ればまにあうと思った硝は、引き戸を勢いよく曲がる。その視界に映ったのは、四階の廊下から貴志惟が飛びおりる姿だった。
「んなアホなっ!」
驚きの言葉とともに、彼の飛びおりたところを上からのぞきこんだ。衝撃吸収剤の意味もある、野外通路と同じ緑色のすのこがあるにしても、その足への負担は甚大なはず。しかし彼は少しも足を痛めた様子もなく、すたすたと下駄箱に向かって歩いていく。そんな彼を見て、硝は思わず「さすがやなぁ」とつぶやいた。
ちなみに下駄箱の上の部分だけ教室がなく、教室側が最上階まで吹きぬけになっているので、貴志惟がやったようなことが出来るのだ。まあ、やる人の有無とその安全性は無視させてもらうが。
一方、硝から逃げるためとはいえ、かなりの無茶をした貴志惟は、じわじわと走る脚の痛みを我慢していた。本当は飛び降りてすぐにでも座りこんでしまいたかったが、硝に追いつかれたり、こんなもんだとくくられるのが嫌だったのだ。ムリヤリ歩を進めて、なんとか下駄箱にたどり着いた。そのまま下駄箱の前に座り込む。三階くらいなら全然平気なのにと、昔との丈夫さを比較する。
「いってぇ・・・」
小さな声でつぶやきながら、痛みの走る脚をこする。さすってもどうなるわけでも無いが、手があまってしまうので無意識に動かしてしまうのだ。しかし、あまりのんびりしていては硝に見つかってしまう。早く出なければ、と貴志惟はむりやり立とうと試みた。そのとき。
作品名:Heart of glass 作家名:神田 諷