Heart of glass
「でも、すげぇよなぁ・・・。だって持ち上がりって八十四人だろ?」
「それだけじゃないよ。中学部にいた生徒全二百五十二名を全て覚えてたもん」
なんて数だ。普通じゃない。思わず貴志惟は、もう一度頭の中でその数を復唱する。俊介もあぜんとした顔を隠せていなかった。どうやらその数は彼もはじめて知ったらしい。義章も驚いて当然だとうなずいている。確認がてらそろそろと尋ねる。
「まさか、全員と仲がいいわけじゃないだろう」
「まあね。たぶん全員と仲がよくないよ」
「・・・?同じ意味じゃないのか?」
「いや、そうじゃなくて・・・」少し困ったように義章は言葉を詰まらせた。
「持ち上がりの誰とも仲がいいって言えないっつーこと?」という疑問符を含んだ俊介の問いに、義章はうなずいた。
「は?」それはそれでまた意外だ。そんな意味合いを含めた驚きのセリフに、義章が少しはいただろうかと考えを巡らすが、思い当たる節(ふし)がないようだ。俊介は割ったばかりの箸をくわえると、何かを思い出したようにポケットから赤いものを取り出した。もう硝の話題に興味がなくなったらしい。
「浅井浅井、メアド教えろ」どうやら取り出したのは携帯だったらしい。流れを無視したその申し出に、疑問とあきれ、そして面倒くさいという三つの感情だけで返事をする。
「なんでだよ」
「なんでって・・・、ぶっちゃけ俺の趣味。入学一年目で携帯のアドレス全件埋めるっつー挑戦してんの。協力しろよ」
「だからなんで俺が・・・」
「教えられない重要な理由があるなら聞くけど、そうじゃないならさっさと交換!」
無理矢理な俊介に、貴志惟がどう逃げるかを考えていると、横から義章が首を突っ込んできた。しかしそれは、貴志惟ではなく、俊介への手助けだった。
「でも俊介に教えれば、クラス連絡が回ってくるようになるし、面倒な電話とかはしてこないよ」
「かくいう俺も教えたけど来たことないし」と笑って補足する。どうやら本当にアドレスを埋めるためのアドレス交換だそうだ。交換するのは、一方通行は愛想がないと感じるためだとか。
確かに使用を第1目的とするだろう硝と交換するよりは、貴志惟にとって好条件である。クラス連絡は彼にとって伝達手段のないものの一つでもあったのである。
クラス連絡という言葉につられた貴志惟は、交換を許可した。硝が来る前に済ませたい彼は、さっさと俊介に赤外線でアドレスを送った。俊介からアドレスをもらっているときに、失望を含んだ「あー!」という叫びが飛んできた。間に合わなかったようだ。貴志惟は眉間にしわを寄せただけで、ふり返る事はない。すると彼は、教室の入り口でボリュームを下げることなく貴志惟を非難した。
作品名:Heart of glass 作家名:神田 諷