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炎舞  第一章 『ハジマリの宴』

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 月が、真の血で染まることはなかった。
 『本来』の武器を出す余裕もなく、「なりふり構わずくないで顔面を防御した」形のまま、嵐はしゃがみ込んでいた。目の前には、錫杖を振り下ろす一つ手前の体勢でとどまっている男の姿がある。その男の首筋には、後ろから突きつけられている忍刀。
「無事かい? 嵐」
 男の後ろから聞こえる、落ち着いた女の声。
 闇の中へ視線を注ぐと、
 狐火―――。
 一瞬、そう思った。
 が、白の彩はその女性が身につけた、黒く丈の短い忍装束に配された意匠であった。
 太股には黒いスパッツ、赤を含んだ黒い髪、そして深い静けさを連想させる黒を基調とした忍装束。それらが鮮やかに、闇に溶け込んでいる。
「姉さん!」
 嵐が安堵の声で彼女を呼んだ。
 歳の頃、二十五~二十八の妖艶な女性は、形の良い唇を微笑ませる。
「この地の揺れは鎮めといたよ。もう霊は出ないから安心しな」
 そう言われて、この地の清浄さを感じとる。漂っていた悪霊も消えていた。
「緑子ちゃん~! よかった~!」
「おっせーよ! 何してやがったんだよ!」
 美世に続いて風間が声をあげ、嵐の側へ寄る。
 緑子は男に忍刀をそのまま、もう片方の手で腕を後ろにとりながら眉を顰めた。
「あたしだって遊んでたわけじゃないさ。合図の鈴を放ったはいいが、なかなかこいつの動きが読めなくてね」
 目の前の男を顎で指す。
「………オマケに朧も役にたたないまま消えやがったしね」
 ぼそりと、しかし明らかな負をこめた恨み言も付け足す。
 嵐はゆっくりと腰をあげ、正面からその男を見た。
 歳の頃は二十半ば。優、厳、美―――それらが矛盾することなく調和した、美男。色素の薄い長髪が、緩やかに風に遊ばれる。凛とした風格のまま、どこか上の空のように夜空を見上げるその瞳は、氷に秘めた紅。
 不穏な動きは見せていないが、嵐は緊張した面持ちで、その男の名を呼んだ。
「―――仙龍冷、ね? 私の名は沖田嵐。天神三人組の一人『神剣の嵐』。朱鬼(しゅき)族、火の男の生まれ変わりである仙龍冷。同じく朱鬼族である我が長、椿様の命によりあなたを捕縛するわ」
 そう告げ、目の前の男性の顔色を窺う。
 冷の表情に変化はない。だが空に注がれていた視線が、ゆっくりと下りてきて嵐を捉える。首をわずかに傾げ、密やかな発声で尋ねた。
 「捕縛……。何故?」
 嵐の中で、鼓動が大きく響く。
 曇りのない、あまりに真っ直ぐに見つめてくる血と同じ色の瞳。しかし、その中に秘める憂いを見たような気がした。
 警戒することも忘れて戸惑う嵐の肩を、がっちりと風間が引き寄せる。
「それは、椿様に直接聞くんだな。大人しくオレ達に着いて来るか、それとも―――」
 彼女の前に出て、槍を両手で高々と頭上へ構えた。
 風間の姿を映した冷の双眸が、蝋燭の炎みたいに微動する。
 それからゆるゆると目線を下げていき、諮る面持ちになって地面の一点を見据えた。そして切れ込んだ二重瞼を一度、短く閉ざす。
 嵐は言いようのない違和感をおぼえる。
(何か……揺らいで、いる?)
「―――もう、いい」
 ひっそりとした声で独白した冷に、嵐は固唾を呑み、唇を引き結んだ。
 正体の知れない嫌な予感が、胸に影を差す。
「もう、…いい。今夜は疲れた。……だから……――――」
 溜まったものを吐き出すかのように言葉を地面へ零し――――双眸に狂気を宿した。
「雑魚は、死ね」
 地獄の底から湧き出てきたような殺気。
 「離れろ」と、本能が叫ぶ。緑子はすぐさま刃を引き、後ろへ飛び退って距離をとった。しかし、
 ゴッ!!
 凄まじい衝撃と、重い音―――。
 目の前が真っ白になり、意識は頭蓋の外へ吹っ飛ばされる。
 緑子が飛んだと同時に冷の姿は幻影のように消え、彼女を薙ぎ払っていた。
「緑子ちゃん!!」
 いきなり眼の前へ緑子の身体が投げ出されたのだ。美世は慌てて、倒れている彼女に駆け寄った。
 嵐は右へ、風間は左へ、散開しつつ冷に向かって走る。間合いを一気に詰め、左右から挟み撃ちにする。
 肩に担ぐようにしていた槍を上段に構え、
「うおおっ!!」
 気合いとともに、風間は冷の右腕に斬撃を放った。それに合わせ、左側から嵐がくないを放つ。両者とも足は止めず、走りながら。息が合わなければできない戦法だ。
 片方を受ければもう片方から攻撃を受ける、普通なら迷っているうちに刃を浴びるだろうが、冷は迷う素振りも見せなかった。ぎりぎりまで引きつけ、そして―――。
 まさに紙一重。左右同時の攻撃をふわりとすり抜け、冷は宙を反転していた。槍は空を斬り、くないは地面へ突き刺さる。
 夜空で白いコートの裾が翻った様は、まるで天使を思わせた。
 冷の左右の手の平の合間に、「ぼう」と音をたて、炎の塊が爆ぜる。
「野郎!」
 身構える風間を眺め、冷は手の内に生じた火球を二人へと勢いよく払った。
「やべぇっ! ―――虚空陣!」
 紅蓮に輝く球体が二人を包みこむと同時に、風間の術が発動した。白く閃く風の障壁が、竜巻のような気流で二人を守る。障壁の外側では凄まじい高熱と閃光が発生し、容赦なく風の結界を叩きつけた。
「きゃっ!」
 炎に己を焼かれた気がして、美世は思わず声を上げる。離れた位置で緑子を介抱していたが、押し寄せた熱気が顔や足に食らいついていた。緑子が遠目から、熱波の先を見る。
「ありゃあまずいね。美世、あたしのことはもういいから、二人の加勢に行っておやり。〝あんた〟だったらあの状況を打開できんだろ」
 そう言って、血混じりの咳をひとつした。右腕で腹部を押さえながら、左手で美世の肩を掴みゆっくり立ち上がる。受けた傷は、錫杖の柄の部分で殴られたものだった。しかしその衝撃は凄まじく、先程まで意識が朦朧としていたのも事実。
「後は私達に任せて、緑子ちゃんは先に戻ってて。あ、ガルーダも一緒に行かせようか?」
 まだ少女である彼女の案じ顔に緑子は眉で八の字を書き、美世を横に見て苦笑する。
「おいおい、美世のペットを借りるほど私は重症じゃないよ。あんたは余計な心配しなくていいから、早く行っておやり。二人が火達磨になっちまうよ」
「もう!緑子ちゃんまでガルーダのことペット扱いして! ……、じゃぁ、私行くね。気をつけて帰ってね」
「あぁ、あんた達も気をつけなよ。見事、本懐遂げてみな」
 ガルーダを肩に、美世は笑みのまま燃え盛る海へと駆けて行った。
「……死ぬんじゃないよ。あの男の力は、こんなものじゃないはずだ」
 憎々しげに腹部の傷を一度見て、緑子はそのまま、闇の中へ姿を消した。