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炎舞  第一章 『ハジマリの宴』

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                 二

 降りしきる夜の雨の中―――――。
 時刻は夜中の二時半を過ぎるが、東京のネオンは輝きを衰えらせることなく、白くも赤くも染まっている。その色は正に、「東京」と同じく狂乱の色。
 見栄えを同じくして聳え立つ高層ビルの屋上を翔る、一人の男。ボタンを外した白いコートが雨風に激しく靡き、その様は闇に舞い降りた天使の翼―――。
 ビルとビルの間を軽々と跳躍する冷は、一層高く聳えるビルの屋上に着地し、駆ける足を止めた。
 小さく溜め息をつき、風が彼の長い髪を乱す。
(天神三人組……)
 刃を交えた彼らのことを、冷は不意に思い出していた。
 まだ中学生であろうかという少女は無邪気で透明な笑顔のまま、闘いを楽しんでいた。風を自在に操る血気盛んな青年は、信念ある強い力を感じさせた。そして―――紅い目を持つ、凛然とした美しい女性。
 ―――どうして、私と同じ色の眼を―――
 彼女はそう―――言った。
(同じ……? ……。……違う。あの子の眼は―――)
 自分とは、違う。眉宇を切なく歪めて僅かに首をふる。こんな穢れた、醜い色の眼を持つ者など、自分以外に存在するはずがない。
 自嘲めいた吐息を零し、微かに遠く、物思いに耽る眼差しになる。
「……アラシ、か―――……」
 雨音が混じる静かな声音。雨の滴がいくつもの筋をなし、冷の身体から伝い落ちた。
「―――見つけたぞ、冷」
 突如背後から、聞き慣れた落ち着きのある声。
「何度目だ? 私の結界を破って抜け出すのは」
 気配も音も無く黒いコートに長身の身を包んだ男は、対照的な冷の白いコートを見つめながら、そう呟いた。
「〝今回〟は早かったな、天彦」
 驚いた調子もなく彼の名を呼ぶが、冷の身体は背を向けたままだ。
「お前、〝力〟を使っただろう。そのおかげですぐに場所を感じとれた。……何があった?」
 天彦の尋ねに冷は黙ったまま正面を見据え、応えない。しばらく沈黙が続き、諦めたように天彦の口から溜め息が漏れる。そして視界に広く、ネオンが見渡せる場所までゆっくりと歩みを進めた。
「……この東京はまるで、古代都市バビロンの模倣だな」
 目を細めて苦々しく呟いた天彦の言葉に、冷が僅かに耳を傾ける動きをとる。
「栄に奢り、神と同じ景色を見ようと天まで届く塔を築き、塔に舞い降りた絶対者なる神の罰を受けた人間達。人間が常に繰り返す愚かさと、傲慢の象徴都市―――」
 そして微かな咎めを含んだ語調で天彦は続ける。
「こんな……、こんな世の中に、お前は惹かれるのか……? 醜く、下劣な、地獄のような世界にお前が求めるものなどない。いい加減、目を―――」
「―――『地獄』?」
 それは、ほとんどが呼気のみの声だった。
「俺にとって地獄とは、生きている意味もないまま毎朝目覚めることだ」
 冷が感情を押し殺し、怖いほどに冴えた表情が振り向き様に天彦に向く。
 一瞬息を呑んだ天彦だったが、すぐに眉を顰め、目は傷ついたように歪んだ。
 これは。
 ―――――絶望。
 冷の瞳に映ったのは、自身をも呑み込む奈落の底。まるで死が永遠の安息だとばかりに語る冷に、不穏な気配が胸を騒がせる。
「そろそろ行こうか」
 口調は淡々としていたが、冷に唐突に言われた天彦は言葉の意味を理解する間もなく「…行く?」と、聞き返してしまった。その様子を見た冷の口元が緩やかに笑む。
「俺を連れ帰るんじゃなかったのか?」
 冷が囁くように言った。何度か瞬いて浅く溜め息を零し、天彦はふっと緊張を解く。
「そう、だな…。そうだ……帰ろう」
 冷をじっと見つめ返した双眸に、やがて薄い瞼がおりた。俯いて喉を塞ぐ。
(……帰ろう。お前の―――――『地獄』へ………)