炎舞 第一章 『ハジマリの宴』
p6
三
―――古代……世界は万物を構成する粗大な元素、つまり地水火風空の五元素から森羅万象は成り立ち、秩序と調和を保っていた。
無論、人間も五元素からの生成と還元という自然法則で成立しているが、度重なる天変地異が全世界に続発し影響を受け、各地域での独自の進化が遂げられた。その進化というのが五元素の内、ある一つの元素を中心としたもの。
極限の大地で進化した五種の部族は、生まれいでた時、五元素の内一つの元素に従った能力を持っていた。彼らはこう呼ばれた―――。
東の地には、風人(かぜびと)―――旋風の力「虎光(ここう)族」
西の地には、地人(ちびと)―――大地の力「戦武(せんぶ)族」
南の地には、火人(ひびと)―――烈火の力「朱鬼(しゅき)族」
北の地には、水人(みずびと)―――流水の力「龍神(りゅうじん)族」
そして四方の中心の地には、空人(そらびと)―――破魔の力「獣門(じゅうもん)族」
彼らは人とは言えない異様な身体をもつ、いわゆる魔獣であった。寿命も、人の平均の三倍は上回る。だが、その性質は極めて穏和。魔獣達は人間との間に共存の契約を結び、姿形は違えども、共に生きることを選んだのだった。
しかし、長い月日をかけて、地図の真中に空いた小さき〝穴〟には、闇の心を持つ魔が身を潜め始めていた。そしてその存在に、誰も気づくことはなかった。ただ一人、同族の彼を除いて―――。
空人の長、天戎。魔獣達から絶対の信頼を得、人間からも慕われた彼には、一人の息子がいた。名を、神明。天戎を凌ぐ卓越した力と冷徹な狂気を隠し持っていた彼は、やがてその邪悪さが世界の調和を乱すのではないかと、天戎は恐れていた。やがてそれは恐れではなく、確信へと変わってゆく。
異常かつ破壊的な言動。本来潜む〝魔〟が心を狂わせるのだとしても、神明の行動は常軌を逸していた。一つの山や森を焼きはらったり、動物を食い散らかしたりもした。気にくわぬ者は殴り捨てる。人間でも、同族でも、だ。それらの行いは、共存の契約を危ういものにした。
天戎は決断を下す。せめて、自分の手で引導を―――。その矢先のこと。
神明は己の父を跡形もなく食い殺すという、残忍な所業に及ぶ―――。そして、世界は変貌した。
全ての魔獣における突然の凶暴化と自我の損失が表れる。精神の中から良心という概念が消え、全く別の次元の生き物に生まれ変わった魔獣達。力と血だけを渇望し、世界を劇的に変化させる生き物へ―――。
神明は自分にとって最も妨げになる父を殺し、その混沌の力で魔獣達に「世界は我がモノ」という普遍的な発想を植えつけた。そして心の奥底へと封じられていた〝魔〟である証、〝殺人衝動〟を解放させた新たな獣門族を誕生させた。
世界は混沌と、血で支配されようとした。
―――しかし、形勢は翻る。
時は一千年前。彼らの、物語。
二幕 完
第二章へ…
作品名:炎舞 第一章 『ハジマリの宴』 作家名:愁水