炎舞 第一章 『ハジマリの宴』
p2
「へくしゅっ!」
照明が仄かに照らし出す玄関で、美世のくしゃみが大きく響く。そしてもう一発。
「ふえっくしゅ! …あぅ、風邪ひいちゃったかな?」
鼻をすすりながら靴を脱ぐ美世に、風間の口の端が悪ガキの笑みのように吊り上がる。
「それはない。オマエはぜってー風邪ひかねー」
「え、なんで? ―――あ! ご飯たくさん食べてるから?」
「晩飯五杯もおかわりするヤツを、丈夫とは言わねえ。頭がおかしいっつーんだよ」
「ムキーーー!!」
猿のような声をあげながら、美世が風間の顔を引っ掻こうと爪をたてる。しかし、30センチ以上もの身長差がある二人だ。風間が大きな手の平で美世の頭を押さえると、どんなに彼女が手を伸ばそうと風間の顔には届かない。勝ち誇った笑みで美世を見下ろしていると、いきなり風間の額に強烈な痛みが走った。
「ぐおっ!?」
嘴がキラリ。ガルーダの鋭い攻撃が、美世の肩から繰り出される。
「いてっ! てめえっ、このトリぃっ!! 焼き鳥にすっぞコラァ!!」
「トリゆーなっ! 髪の毛全部毟っちゃえガルーダ!!」
「―――あーもーっ! うっさいのよあんた達は!! 黙って靴も脱げないの!?」
いつもの二人の喧嘩だとはいえ、堪らず嵐の喝が飛ぶ。
母親に叱られた子供のような顔つきで、両者が素直に離れた時、バタバタと廊下を駆けて来る音が聞こえた。
「お帰りなさいっ!」
待ちわびていたとばかりに、嬉しそうに声をかけながら少年が走って来た。同時に嵐と美世にタオルを手渡す。
「ただいま。ありがとう、聖」
濡れた髪や服を拭きながら、嵐が微笑む。聖と言われた少年は照れたように笑うが、タオルで身体を拭く嵐と美世の後ろには、びしょ濡れのままの風間。
「おい、オレのは?」
「洗面所です」
嵐に対しての態度とは打って変わり、「当たり前だろ」という表情で、聖は親指を洗面所の方向へ向ける。風間のこめかみに青筋が走った!
「ぎえええぇぇぇっっ!!」
バックブリーカーをかけられた聖の悲鳴が響き渡る。
呆れ顔でそれを見る嵐の背後から、低い男の声が聞こえた。
「帰ったか」
嵐が振り向くよりも早く、美世が声の男に跳びつく。
「ただいま~静ちゃん!」
数珠を首に下げた、和服姿の長身の男。いや、小柄な美世を横にでは、山のような体躯と言える。物静かな雰囲気だが、細く鋭い眼光が〝こちら側〟の人間であると伺えた。
「怪我はないか?」
「うん! 大丈夫だよ!」
がっしりとした肩に美世が抱きつきながら、にっこりと笑う。優しげな微笑を浮かべて彼女を見た後、静は嵐に顔を向けた。その顔つきからは笑みが消え、僅かに緊張した面持ちになる。
「火の男と接触したようだな……。どうだった? 肌身に感じた、彼の〝力〟は」
静を見据えたまま、思案している様子の嵐。少し間をおいて、口を開く。
「…強かったわ…。三人だけだったら、…多分、殺されてた」
あくまでも、静かな声で。その横でしかめっ面の風間が「互角だよっ」と、ぼそりと呟く。
「そうか…。無事でよかった」
「殺す気がなかったんだろ」
肩に乗せた聖をポイっと床に投げながら、風間はぶっきらぼうに言葉を発し、廊下を歩いて行く。「なんだぁ?」と腰をさすりながら風間の後ろ姿を睨みつけ、聖は起き上がった。
「風間、待ちなさい」
やんわりとした口調と言葉で静が制止する。
「三人とも、着替えたら迦楼羅の間に来いと火蓮から言付けだ。任務報告と、重要な話があるらしい」
彼の顔を見上げる嵐の瞳が俄に膨らんだ。太い腕に抱き下ろされながら、美世が首を傾げるように静を見て、尋ねる。
「重要な話って~??」
静はゆっくりと瞬き、彼の大きな手が美世の頭上で優しく弾んだ。
「…忘れたのか? 〝今日〟という日を、お前達は待っていたんだろう?」
前置きをして、静は神妙な表情で厳かに視線を上げる。
「我々が探し求める、未来の産矢を――――」
作品名:炎舞 第一章 『ハジマリの宴』 作家名:愁水