炎舞 第一章 『ハジマリの宴』
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「大人しく―――縛につきなさい」
分銅つきの鎖に腕を捕らえられながら、冷は正面の嵐を静かに見据える。
髪を束ねていたリボンが解け、垂らした黒髪が風に悠然と流れた。彼女の様と同じように。
ピンと直線的に張りながら、嵐は鎖を引き寄せようとする。
「……なかなか頑張るな、―――だが」
冷は静かに呟くと鎖を手に取り、念を込めながら拳を作った。すると鎖を呑みこむように、炎が一直線に走る。
「きゃっ…!」
炎の熱が手を焼こうと蛇のように伸びてくる。短い悲鳴をあげ、嵐は堪らず握っていた鎖を地面に落とした。その隙に冷は瞬時にして間合いを詰め、嵐の細い首を掴む。
「ッ…!」
強烈な握力が喉に食いつき、声が出ない。締め上げられる音が、骨伝導して鼓膜に響いてくる。
「こ、…のっ」
がら空きな冷の腹部を蹴り飛ばそうとするが、お見通しだったかのようにもう片方の手で、膝を押さえつけられる。嵐はバランスを崩し、背中が地面に落ちる間際に冷の手は一瞬離れるが、再び掴んだのは彼女のブラウスの襟だった。片側の襟がはだけながら、二人の身体は重なったまま地面に倒れる。
―――今だ、逃げろ。
―――彼を撥ね退けて逃げろ。
何度も脳は警告を発する。しかし嵐の身体は動けなかった。押さえ込まれてなどいない、ただ―――。
微動する彼の瞳が嵐を凝視している。その目を見つめ返して、嵐はひっそりと胸の内を告げた。
「何故…〝同じ〟、なの…?」
言葉にすると、胸が軋む。
「どうして、〝私〟と、同じ色の眼を……」
冷の端整な顔に驚きが溢れ、声を呑む。
視線が結ばれたまましばらく沈黙が流れるが、複雑な面持ちで冷が静かに口を開いた。
「…違う…キミの、眼は―――」
その先の言葉を紡ぐことはなく、嵐の目を見つめ続けた。そして一度強く瞬きをした後、すっと身体を引き離し、その姿が月明かりに照らされる。
身体の上にあった重さが消え、嵐は襟を掻き合わせて上体を起こす。自分は今、ひどく奇妙な顔をしているのかもしれないと想像する。不安定な心の揺れのまま、彼の顔を見上げた。
あの時、対峙して感じた憂いの眼差しのまま、哀愁を秘めた微笑を残して冷は闇に消えた。月が黒雲に呑まれるかの如く、忽然と―――。
作品名:炎舞 第一章 『ハジマリの宴』 作家名:愁水