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吉祥あれかし第3章

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『こんなところで一対多数の痴話喧嘩してるんじゃねえよ』
 体当たりをした男の後に数人の男が続き、次々と少年を小突いて行く。
『あん?三股か?ガキのくせに』
『それ以前に女を泣かせるとは許せねぇガキだな』
 どの男も二十代ぐらいで年若く、体力が漲っているように見えるが、しかし同時にどの男からも退廃した空気が流れてくる。尋常ではないこの集団に先ほどまで勢いづいていた少女達もすっかり震えあがってしまい、マナの後ろに怯えるようにして隠れた。
 マナはざっと1階を見渡し、状況を確認した。相手はざっと見積もって7人はいる。そして、その中には自分の見知った顔が、一人。初日にいちゃもんをつけて来た愚連隊の内の一人だった。
自分たちが奥にいる分、奥に押し込まれたら結局はくたばるまでのされてしまうだろう。そして、入口付近にはどうやらこの異変に気付いたらしいキコがいる。マナは努めて冷静になることを心がけて口を開いた。
『お前たちが用があるのは俺か?それとも俺達全員か?』
 どうやら他の客もこの異変に気づいたらしく、緊張が走るこの場で凍りつく者もいれば、店員にそれとなく耳打ちをする者もいた。
『気分的には全員をのしちまいたいところなんだけどよぉ、残念ながら俺達が用があるのは、ガキ、お前だけだ』
 先頭に入って来た男がこう言い捨てると、マナは後ろで戦々恐々としている少女達を庇うように腕を後方に伸ばした。
『俺だけ…というなら、俺の仲間には用は無いんだろう?俺の仲間の安全を保障するなら俺だけが相手になる』
『ほーう!大きく出たもんだな!何本骨をへし折られたいんだ!?』
 先頭の男の隣の男がこう言って下卑た笑い声をあげたが、マナはそれにも動じなかった。
『兎に角、俺の仲間を逃がしてから話を聞こう。それから、ここで騒ぎを起こせばここの客や経営者にも迷惑だ。取り敢えず、俺の仲間を外に出したい』
 その言葉に男の一人が『じゃあお前ら、こっちに来い!』と大きく手を仰ぐが、マナの後ろの少女達は怖がって全く何もできないでいる。
『それじゃダメだ。彼女達はお前達を怖がっている。恐ろしい所に喜んで飛び込んで行く馬鹿が世界の何処に居る?俺が出口まで先導するから、それだけは保証してくれ』
 そう言うと、マナは出口の近くに潜んでいるキコの方向を窺った。マナからは見えないが、キコには確実にマナの状況が見て取れているだろう。

・    ・    ・    ・

 キコはマナの危険をいち早く察知して、急いで携帯電話を取り出し、予め緊急番号として登録してある短縮番号を押した。この緊急番号に連絡すれば、その時、その場所に一番近い人間がマナのために動く手筈だ――そう、キコは聞かされていた。
 何回か通信音が鳴った後、着信の音と共に聞こえて来たのは、キコの予想と反した人物だった。
『随分と物騒な所にいるな、キコ』
 流暢なヴィクトリアン・アクセントの英語で応対したのは、まだ年若い澄んだバリトンの声だった。
『貴方は―――!』
 一瞬、驚きを隠せなかったが、しかし、今現在は非常時だ。この人物に命運を託す他はないだろう。そうキコが覚悟を決めた時、電話の向こうのバリトンの声の持ち主はククっと喉を鳴らしてから簡単な命令だけを残した。
『私は今、ちょっと手が塞がっていてね。悪いが、小一時間程相手を撒いていてくれないか?――そう、この電話は切らないで。私の指示通りにしてくれれば、後は何とか私が片付ける』
『判りました』
 キコは素早く通話をイヤフォンに切り替えてヘッドセットを頭にしっかり固定させた。

・    ・    ・    ・

 キコがそんな遣り取りをしている間も、マナはじりじりと仲間達を引き連れて、視線は相手に固定させたまま、出口に向かっていく。出口に差し掛かると、マナは仲間達に一瞥を呉れて『さ、早く逃げて』と軽く言葉をかける。『でも……』と戸惑いを見せた少女には、少し語気を荒げた。
『とにかく逃げろ!奴らの狙いは俺だけなんだ!』
 余りに普段の物静かなマナとは雰囲気が違ったため、少女はビクンと体を強ばらせたが、別の少女に手を引かれて、後ろ髪を引かれる思いで視界から消えていった。すぐ横で物陰に潜んでいるキコの姿を確認してから、マナは大見栄を切るように立ちはだかる男達に正対した。
『さあ、煮るなり焼くなり、好きにするがいい!』
 その言葉に待ってましたとばかりに男達はマナに向かって飛び掛かってきた。男達が袋叩きにしてやろうとしたその瞬間、マナは視界からふっと消え、代わりに体格の良い男が「標的だったポイント」に現れた。
『!?』
 実際には、マナは俊敏に後ろに飛びのいてしゃがんだだけであり、横に潜んでいたキコがマナの場所に何かを構えて現れただけであるが、それだけでも充分な隙が出来たも同然だった。
『Go!』
 キコの掛け声と共に、マナは六本木の交差点に向かって走っていく。男達はマナを追い掛けようとしたが、前面に立ちはだかったキコに邪魔をされる形となった。
『邪魔をするな!このウスノロ野郎!』
 そんな罵声にもいっかな動じず、キコは構えた物体の電源を入れた。
『残念ながら、私はあなた方の邪魔をするのが仕事ですから』
 そう言うと、男達に向かって次々に光源を放った。キコが持っていたものは強化型のレーザーポインターであり、薄暗がりのこの時間、相手に出血を伴わない器官の損傷を加えるのに最適の「獲物」だった。次々に至近距離からレーザーポインターの鋭い光線を眼球に浴びせかけられ、男達は一瞬視界が全部白飛びしてしまったような状態に陥る。男達が怯んだのを見計らってから、キコは先に駆け出したマナの姿を追い掛けた。
『Grace(若)!』
 マナは丁度歩行者用の信号が赤だったために、交差点の歩道を右に回ったところだった。そして、イヤフォン越しの相手はまるでその状況が見えているかのように的確に指示を出す。
『そのまま地下鉄の入口に入らせろ』
 キコはヘッドセットのマイクに向かって短く『Yes, Sir!』と答えてからマナに向かって叫ぶ。
『地下鉄の入口から中に入って!』
 キコのその指示が聞こえたのであろう、マナは迷わず地下鉄の入口の中に駆け込んでいく。その時、漸く明反応に順応したらしい男達が追手となって罵声を撒き散らしながら追い掛けて来た。
『改札も潜って!』
 地下鉄の階段を下ったところには改札があったが、マナは「万が一の時のために」といつも持たされているカードを素早く出すと、改札に入れて出て来たカードを取り上げてから、急いで下り用のエスカレーターを駆け降りる。この東京では急いで駆け降りる人などは日常茶飯事であるから、これを緊急事態だと思った人は少ない。
 また、それをキコが同じようにして追い掛け、改札を抜け、エスカレーターを下っていく。
 まず、この段階で相当数の追手が改札に入れずに往生するだろう。キコは電話が繋がっている指令を信頼した。キコが丁度エスカレーターを降りた時、地下鉄が止まっていた。先の方向にはマナの姿はいない。恐らく地下鉄に乗り込んだのだろう。キコが自分も地下鉄に乗り込もうとしたその時、またもや耳元で意外な指示が下される。
作品名:吉祥あれかし第3章 作家名:山倉嵯峨