吉祥あれかし第3章
『「いつか殊勲を挙げて帰ってくるから」「帰ったら俺の手柄をこれでもかと見せてやる」…と、勇ましくハゴイからアフガニスタンやイラクに向かって飛び立っていった空軍のパイロットを、俺は一人ならず知っている。でも、一人は死に、一人は今尚行方不明だ。帰って来れたのは二人だったが―――その内の一人は生きながら心が殺されていた。まるで、飛び立って行ったときとは別人だった。あんなに笑顔が輝いていた、いい奴だったのに…。本当の戦争で、自分が傷つかないなんてことは有り得ない。戦場は、そういう所だと思い知った。―――だから、戦争をモチーフにしたゲームを見ると今でもあのパイロット達の顔を思い出して、悲しくなる…』
この中で、実際にマナのような体験をした者は殆どいなかった。ある者は外交官の子息であったり、豪商の子息であったりして、国際問題には敏感だが、実際にマナほど「軍隊」や「兵隊さん」を身近に感じて生きてきた人間はいない。そして、そのマナの実体験を伴ったリアルな話に気不味い空気が流れた。そんな間にもゲームに熱中してしまっているジャンはゲームの点数や撃墜の結果などに一喜一憂の喚き声をあげている。
それを断ち切るかのように、リエナが態と明るい笑顔を作って、マナの腕を引く。
『マナ、こういうゲームが嫌だったら下の階に行きましょ!UFOキャッチャーとかプリクラとか、楽しめるから!』
その言葉に周りも『そうだそうだ』と相槌を打って、わいのわいのと皆でマナの手を引いたり背中を押したりして階下に向かっていった。残されたのはジャンとメダルを持った少年だけだった。
自分の持ち弾が全て消費され、ゲームオーバーとなってしまった時、ジャンは漸く周りに仲間がいないことに気付いた。最後のランキング画面が流れる中、ジャンは少年からメダルを受け取りながら訊いた。
『あれ?他の奴らは?マナは?』
どうやらマナの先ほどの言葉はジャンの耳には届いていなかったらしい。少年は複雑な苦笑いを浮かべながら明らかに人口密度の減ったゲーム機の周りに虚ろな声を響かせた。
『みんな、下に行っちゃったよ…』
・ ・ ・ ・
元々男女半々でグループになって来たから、男子二人が抜けた分、グループの中では「少女向け」のUFOキャッチャーやプリクラを楽しむ雰囲気が既に出来ていた。中に一人、無口だが非常にUFOキャッチャーが上手い日本人の少年がいて、周りの女子から『あれを取って!』『あれもお願い!』と色々なリクエストを受けていた。職人技とも言える方法で多くの可愛いぬいぐるみなどをワンコインで次々釣り上げていく、その手際の良さは、マナも最初に試してみたから判る。鮮やかなハンドル捌きに暫し見蕩れていると、『こっちにも来て!』と今度は別の少女がマナの腕を引っ張ってプリクラの所に連れていく。
他のクラスメイトが次々に口にする『プリクラ』の意味がよく判らず、マナは言われるがままプリクラの暗幕の中に入らされ、『マナを中心に映そうよ!』と一人のクラスメイトが言った言葉に従って、他のクラスメイトがマナの周りに鮨詰めに折り重なる。中にはマナに乗りかかってくる少年もいて、マナは『ちょっと、重いんだけど…』と上を向けば、隣の少女に『マナ、動いちゃダメ、前見て、前!』と注意される始末である。
今一つ訳が判らない状態で前の画面を凝視していると、何かの光が見え、それから、自分たちの折り重なった顔が画面に映し出された。妙に真面目な顔で映っているマナを囲んで、色々な表情をしたクラスメイト達が現れると、皆一様に歓声をあげて、どのフレームにしようか、何の文字を入れようかと、色んな相談を始めている。
(ああ、これは顔写真を撮る機械か…)
マナは、何となく要領が判ったような感じで、特に少女達が嬌声をあげながら騒いでいるのを見ていた。カラフルな風船が飛び交うフレームに”We’re Buddies!!”と蛍光色で入れられ、撮影開始から作業も入れて5分もすれば、映った人数分、印字シートが綺麗に六分割されたシールが下から出て来た。
一人の少女がそれを分け、マナのもとにも一枚の、丁度証明写真大の写真が渡されたが、用途が判らず佇んでいると、別の少女が親切に解説をしてくれる。
『ケータイとか、手帳とか、そういう所に貼ってくれればいいのよ!』
マナは、そのアドヴァイス通り、バックパックからメモ帳を出して、その裏表紙に貼りつけ、しばらくそれを凝視していた。余りにその写真ばかりを見詰めているので、横にいた少女がマナに喋りかけた。
『マナ、どうしたの?』
その問い掛けにも、最初、マナはどう答えて良いものか迷っていたが、やはり意を決したように、話し始める。
『いや…やっぱり、写真になるとこういう映り方になるんだなと思って』
『やだ、何それ!みんなで楽しそうに映ってるじゃない!』
別の少女が茶化すようにマナの肩をバシっと叩くと、「そうじゃないんだ」とチラリとその少女を一瞥してからマナはぽつりと言う。
『こういう風に、他の人には見えてるんだな…って』
『当たり前でしょ!マナ、毎日鏡で自分の顔見てるでしょ?同じ顔でしょ?』
『いや…そうではなくて…改めて、写真で示されると、普段、自分の“見えている”ものがちょっと信じたくなくなるんだ…』
マナの発言にまたしても、全員が頭に疑問符を揺らせている。一体、マナは何を言おうとしているんだろうか?普段から周りと少し違う空気を持った存在だとは思っていたが、こんなとんでもないことを言い出す宇宙人なんだろうか?
しばらくの間、他のクラスメイト達は考え込んでいたが、一人、思い当たったらしい少女が恐る恐る、口を開いてみた。
『マナ…もしかして、「見える」人なの?』
「見える」の所にアクセントを置いたその質問に、マナが『うん』と短く頷くと、主に少女達が一斉にマナを取り囲んで騒ぎ立てる。
『えー!?何が見えるの!?』
『ちょっと待って、私が先よ!私にはどういう人が重なって見えるの!?』
『えー!?…ってことは、前世とかも見えちゃったりするわけ!?』
どの問い掛けから処理していいものか、判断に戸惑っているマナを他所に、少女達は口を揃えてマナに詰め寄った。
『マナ、どうなの!?』
その勢いに、一瞬口を開きかけたマナは、はたと自分が犯してしまった過ちに気付いて口を噤み、一呼吸置いてから謝罪を口にした。
『「見える」のは本当だよ。でも…やっぱり言うんじゃなかった。ごめん…』
マナの言葉が自分の霊感を勿体ぶっているように響いたため、少女達は半ば怒りながらマナを責める。
『何で謝るの!?私たち聞いてるだけじゃない!!』
『いいじゃない、言ってくれたって!』
『変な所で出し惜しみしてちゃダメよ!』
肩口辺りから次々と浴びせられる罵声にお手上げ状態となってしまったマナは、苦し紛れに救いを求めてUFOキャッチャーの所にいた少年の方を見た。その瞬間、その少年から悲鳴とも付かぬ声が発せられた。少年は無理矢理体格の良い男に体をぶつけられ、それと同時にクレーンに引っ掛かっていたぬいぐるみから出ていた紐はクレーンの鋏の間をすり抜け、元の場所に落ちてしまった。