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吉祥あれかし第3章

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 マナはそんな和気藹藹と騒ぐクラスメイト達の中に囲まれて六本木の大通りに出た。聞けば、この大通りの交差点を過ぎた所に”The Game Center”なるものがあるらしい。金曜日の夕方の六本木は会社から家路に急ぐ社会人やこれから六本木に繰り出そうと遊びに出て来た人々、六本木ヒルズを見に来た国内外からの観光客でごった返していた。正直を言うと、南国の孤島育ちのマナはこういった自分のキャパシティを超える雑踏があまり得意ではない。これだけ人が多いとそれだけ”雑音”も自然と耳に入ってきてしまうのだ。普段は無意識のうちにシャットアウトすることが出来ていたが、今回は意識して“雑音”を黙殺しようとしないと遣り過ごせなかった。一応、後方とは言え、キコもちゃんと見守ってくれていることだからと、“雑音”を消す作業に意識を集中してしまった、そこに僅かな隙が出来てしまったことは否めない。

・    ・    ・    ・

 なかなか信号が変わらない六本木の交差点を『早く変わらないかな~』などと呑気に雑談をしていた少年少女達を、地下鉄の入口の物陰に隠れて見ていた数人の人影が食い入るように見つめている。その中には初日にマナに手酷い「逆歓迎」を受けた例の愚連隊の連中の一人も入っていた。
 その少年は、「いつかあの嫌味なお坊ちゃんに仕返ししてやる」と虎視眈々と機会を覗っていたのだが、『今日は奴は帰りに「遊びに出る」らしいぞ』と一人が情報を持ってきたのを見逃さず、六本木に向かうのを確認した少年は心当たりがある余り素性も素行も宜しくない連中に『ちょっと同じ学校の奴でヤキを入れて欲しい奴がいるんだ』とケータイで連絡して回った。
 そうして集まってきたのが今自分の周りにいる若者たちである。中には葉っぱをキめてから来た人間もいるらしく、マリファナの甘ったるい臭いが何処からともなく漂ってくる。
『で、シめて欲しい奴は誰だ?全員か?』
 その中のリーダー格らしい、南米系の偉丈夫の、浅黒い肌をした男が、視線は集団から外さず、少年にボソリと呟いた。この男だったら、本当に全員をのしてしまいかねない、と少年は慌てて付け加えた。
『あの…真ん中よりちょっと後ろにいる、黒髪のモスグリーンのバックパックを持った…そう、あいつだけでいい。他の奴らは雑魚だから相手にしなくても構わない』
 事が大袈裟になっては困るという少年の焦りを見抜いた一人のアフリカ系黒人の男は少年をからかうように、スワヒリ訛りの英語で笑い掛ける。
『ああ~ん?どれどれ…。見た所、性質悪そうな感じじゃなさそうだけどな。お前、あんな奴にぶちかまされたのか?』
 負け犬の意地とばかりに少年も言い返す。
『やられたのは俺じゃない。俺の仲間が数人程だ。でも、全部一対一だったから、これだけ人数がいればいかに奴がボディーガード付けてようが、問題ないだろう?…それとも、これだけの人数でも無理だと情けないことを言う気か?』
『はは、冗談を言うない!一応こっちはフィストファイトをやらせたらこの辺でも腕の立つ奴らばかりだぜ!?』
 一人の男がこう言うと、周りの男たちは下衆染みた嗤いを漏らしたが、その声は雑踏と頭の真上を通る高速道路を走る自動車のあげる騒音によって、マナ達の所に届くことはなかった。

・    ・    ・    ・

 漸く横断歩道を渡り終わった一団は、先導するジャンを見失わないように、曲がった道を進んで行った。そして現れたのは、コンクリートのような灰色の彫材で象られた二つの「真実の口」だった。何の躊躇いも無くジャンがその中に入って行くのを見て、他の少年少女達もその口に吸い込まれるように中に入って行く。
 ジャンが1階を通り越して2階にずんずんと上がって行くと、そこは既に沢山の、主に若い男性客でごった返していた。独特の爆音や機械の起動音などがあちらこちらから不規則に鳴り響くその空間は、マナが今まで目にしたことがない所だった。画面を凝視し、お互いにあまり会話することの無い、その「ゲームセンター」という空間の異様な雰囲気に、マナが気圧されて暫しの間呆けていると、早速ジャンが空いたらしい台を見つけて他の少年少女達を手招きする。
『ほら、こっちこっち!ちょっと見てなよ!』
 どうやらジャンはこのゲームセンターの常連客であるらしく、ゲームを起動するためのメダルは既に手持ちで幾らか持っていた。それでもメダルが足りないと知っているジャンは、二千円を同じクラスのゲーム仲間に渡してメダルに交換して貰うように頼んだ。
 ジャンが座ったゲームの台は、ミリタリー系の宇宙空間を舞台にしたゲームだった。自分がパイロットとなり、手元の色々なボタンやレバーを操作して戦闘機を操作して敵機を撃墜するといった趣向のものらしい。次々と変化する画面、目まぐるしく飛び交うレーザー弾やミサイル、獲得点数の数字の羅列に、マナは食い入るようにゲームを見ていた。ショートヘアの赤毛のボーイッシュな少女が半分からかい気味にマナを小突いた。
『マナ…もしかして、ゲームセンターって初めて?』
 最初、小突かれたことも気付かず、マナは画面を見ていたが、気がついた途端、ちょっと返答に窮したような顔をしながら返した。
『初めて…というか、こんな場所が地球上にあるなんて考えてなかった…』
 ゲームに興じ、時々『キャッホー!』『畜生!』などの奇声をあげているジャンと目の前に繰り広げられる画面を見比べながら、マナは何とも言えない複雑な表情をした。
『何固まってるんだよ?』
 気不味そうなマナの顔に気付いた少年のうちの一人が気軽に声を掛けたが、それに対しても、マナは低い唸り声のような生返事をしたのみだった。暫くの間、マナは何事かを言おうと色々と考えていた様子だったが、思いを振りきってゲームに興じるジャンの横に立ってぼんやり画面を眺めながら自分の疑問を口にした。
『ジャン、面白いかい?』
『何言ってるんだ、面白いに決まってるよ!サイコー!』
「…Psycho?」
 ジャンがゲームに熱中するあまり思わず「サイコー」の部分だけ日本語で言ってしまったのが、どうやら誤解を招いたらしい。要領を得ないマナが首を捻っていると、周りが「日本語、日本語!」と日本語であることを示し、マナはそれに「ああ、“最高”か」と日本語で返した。
 それでもやはり今一つ興味がある素振りを見せないマナに、先ほどのボーイッシュな少女が単刀直入に尋ねた。
『マナ、面白くないの?』
 少女の天真爛漫な問いかけに、マナは一瞬、顔を伏せて、黙考してから徐に口を開いた。
『ゲームは…嫌いじゃないけど、でも、「仮想だから」「架空の舞台だから」「自分に害が及ばないから」っていう理由で好きだって言うんなら、俺はその考え方が理解できない。特に戦争もののゲームは…見ていて悲しくなる』
 マナは時々周りの発想が追い付かない所から発言を始めるので、会話が噛み合わないことがしばしばあったが、今回の仰天発言には、噛み合うどころかその言葉を聞いていた全員(プレイヤーとして熱中していたジャンを除く)が凍りついた。その雰囲気を歯牙にもかけず、マナは淡々と語り続ける。
作品名:吉祥あれかし第3章 作家名:山倉嵯峨