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すおう るか
すおう るか
novelistID. 29792
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弦 月

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「昔、昔、人の子に美しい娘がいた。たいそう器量よしだったので、多くのものが求婚した。その中で我はとどうしても譲らぬ男が二人、いたのだ。一人は人で、一人は魔だった。
 娘はどちらを選べばいいのか決めかねていた。人は優しく、魔は力が強く、どちらも娘を愛する気持ちは本当だった。だが、娘は人だったのだ。愛も心も人のものしか知らぬ。知らぬことが恐れとなった。魔を退けて、慈しんでくれる同属である人を選んだ。ところが、魔はそれを許さなかったのだ。
 魔は娘の体を奪おうとした。人は必死に娘の足を捕らえた。魔は必死に娘の腕を掴んだ。そこで、娘は二つに引き裂かれたのだ」

 瑠都は、娘の顔を凝視した。ふっと幼い頃に見た東屋の下半身がよぎった。仄かな憧れの気持ちが蘇った。
「魔は激怒した。娘の上半身だけでは子は成せぬ。そこで、呪いをかけたのだ。娘の下半身に。生まれ来る子供に子孫に。憎き人というものすべてに」
「あれは、あの像はあなたの‥‥体‥‥だったの‥‥です‥‥か」
 瑠都は慄きながら、声をかける。
「そう、私なのだ。人のもとにある哀しい私の半身は。おまえたちは身重だった私の半身から生まれた子の子孫。健やかに生まれ、健やかに生きるはずだったのだが。そうはならなかったのだろう? 魔の呪いは私を滅ぼさなければ消えはしまい。人を救いたくば、私を滅ぼせ。
 それが救いだ。私の愛した、人の呪いを解く術はそれしかない。
 ずっと待っていた。あの方の子供が、私の子供が、その子供が、いつか私の元を訪れることを。魔との約定によって、私を滅ぼすこと、そうすることがおまえの使命なのだ‥‥」
灯火に照らされる羅沙の顔は、もうすでに覚悟をにじませている。

 あの東屋の美しく不思議な像。その上半身が今眼の前にいる娘だとようやく腑に落ちた。見間違いだと思った、時折眼にした足の微かなずれは、この人が生きている証拠だったのだ。
「違う。父はアダンの樹を滅ぼすことが、呪いを解くことだと教えた。決してあなたを殺すことだとは言わなかった。そうだ、樹を切れば‥‥」
 無駄な言葉を連ねていると、瑠都にもわかっていた。あの下半身の娘なのだから。この上半身の娘なのだから。採る道は一つだとわかっていた。
「呪いは、私の死をもって、解けるのだよ」
 娘は表情を読まれぬように、爪先の灯火を下ろして呟く。
「い、いや‥‥だ、俺には、あなたは‥‥殺せない、だって、あなたは、そんな体になりながらも生きている。他に方法はないのですか。俺は、俺は‥‥」
「駄々をこねるな、末の者よ‥‥。魁一族の悲願を成さねばならない」暗闇に優しい声がした。
「だめだ!!」
 瑠都は叫んだ。あまりに哀しかった。この人はこんなところで半身になりながら、どれだけの時を生きてきたのかと思うとたまらなかった。魔が憎かった。愛する人たちの絆を裂いて、身も裂いて、こんな苦しい思いを与えた魔が憎い。
 瑠都はその娘の体をその渾身の力を込めてアダンの幹から引き抜いた。
「俺は、俺は、あなたを、一つにしたい。俺は、あなたを連れ帰る」
 瑠都はその滑らかな体を肩に背負いあげた。疲れきり、萎えきっていた体に娘の体から力が流れ込むようだった。瑠都は船へと向かって歩き始めた。

作品名:弦 月 作家名:すおう るか