弦 月
満 月
自分が立ち返ったことは知られてはならなかった。
瑠都は満月の中、光を恐れながら娘の半身を抱えて走った。東屋は円形の長屋の中にある。寝静まった頃合を見計らって娘の半身を持ち込んだ。月の光がアダンの壁を透いて、東屋の内部を海の波間のように照らしていた。
中央に佇む半身が瑠都と上半身の娘に向けてゆっくりと向きを変えた。
「ああ。ああ、ああ。私の半身。私の‥‥」
瑠都に抱えられた娘は、震えながら、言葉をつむいだ。
「永い時だった。孤独で永い時間だった。何度、夜の静寂(しじま)に明日の光を見たくないと思ったことか」
自らの脚に手を伸ばして触れる。
「有難う。私の末よ。だが、やはり私はもう、滅びるべきなのだ。この身から生まれた一族の呪いは解かれねばならない。心より礼を言う。私はおまえのおかげで一つ身になれる‥‥私もようやくあの方の元へ、一つ身で行くことができる‥‥」
娘の体が、瑠都の腕の中で一つになろうとしていた。胴から腰にかけて繋がった滑らかな肌の感触が瑠都の掌に感じられた。
欠けた月が満ちる。
今宵のように。
その一つになった体が自らの力で、すうっと立ち上がった。瑠都の体を戸口へ軽く押しやると、両手を広げてその腕を身の前にさし伸ばし、その手に灯りを灯らせた。
ぽっ、ぽっと指先に灯火が次々にともる。
十指にすべて火がつくと、その火がするすると腕へ伸び、
白い体に纏いつき、
髪をちりちりと焼き、
腰布に燃え移った。
これはあの時の灯火(ともしび)ではない! 違う。炎だ!
「ああ、ああ。駄目だ。駄目だ、死んでは駄目だ、羅沙!!」
瑠都は叫んだ。止めようとした。だが、体が前に行こうとすると反対に退いてしまう。近づこうとすればするほど遠のいて、戸口から転げ落ちた。
「‥‥これでいいのだよ。これで、いい。……有難う、私の血を受け継ぐもの‥‥」
娘の声は静かだった。
その身は風のそよぎに併せて炎を閃かせた。
自分の身と共に、魔の呪いを携えて行くのが本望と、その顔は凪の海のように穏やかだった。
やがて魁一族の呪い、魔の呪い、娘の呪いが、燃え盛る東屋の焔(ほむら)の中に消えていった。
了