弦 月
瑠都が十六の歳、一族の長である父が厳かに申し渡した。
「アダンの樹を切り倒してくるのだ」
その時が来たのだ。瑠都はどんな樹も切り倒せるほどに雄々しく成長していた。一族の誰よりも背が高く、力も並外れていた。伸びやかな肢体が、己の意のままにしなやかに撓り、鹿よりも高く跳躍した。豪腕を引き絞れば、満杯の魚で溢れた網を一人で引き上げることができた。成人した証の長い黒髪を背に流して父である長の前に立った。
「父さん、どんな樹なのですか」
「魔性の樹だ。見ればわかる。切り倒さずとも、火をかけて燃やしてもかまわぬ。とにかく樹の命を絶つのだ」
父の声はいつにも増して重かった。
「それが一族の呪いを解くことになるのですね」
瑠都は幼い頃から言われ続けてきた自らの使命を立派に果たそうと決意した。
瑠都は西を目指して彷徨い始めた。葦を編んで造った小船を操って小島から小島へと渡った。どの島でもアダンの樹は無数に生えていた。だが、見ればわかると言われたその魔性の樹にはなかなか出遭うことができなかった。
ある新月の夜。瑠都は大きな島のほとりに船をつけた。半年に一度の長い日にちをかける漁期にも、たどり着くことのない島。名前もない果ての島だった。そのあり様は、うっそうとした森がまるで総ての光をすいこんでいしまったかのようで、漆黒の壁が眼の前にそそり立ち、何か大きな力が自分を拒んでいるように思えた。瑠都は意を決してその森に入り込んでいった。
光がなかった。
歩きあぐねてどれほどの時が過ぎているのか。どこまで行っても森だった。どこまで行っても闇だった。時間はどんどん過ぎ去った。
月がなくとも星が見えるはずなのに、森の葉がその光を遮っていた。どこを目指して進んでいるのか、かすかに瞬く星も見えなければつかみようがない。瑠都は闇の中をあてどなくさまよった。
干魚が尽き、水が尽きた。森からの出口は見つからなかった。喉の渇きが襲い、両足が痺れる疲れに襲われた。瑠都は足を引きずりながら樹の根元にへたり込んだ。
その、低くなった視線の先。
ぽっと小さな光が森の奥に見えた。
「光‥‥ひかり‥‥か?」
あれほど何も見えなかったのに、倒れこんだ姿勢でやっと見えた光。その奇妙さに光を見た喜びはなかった。
瑠都は棒になった足をカタツムリのように地面に這わせて、その光に向かってにじり寄っていった。