弦 月
下弦の月
瑠都の父には左腕がなかった。一族の長として勇猛な武者であったが、右の眼も見えなかった。魁(さきがけ)一族。瑠都の部族の名である。この一族の者に完全な肉体を持った者は一人もいなかった。呪いによるのだと言う。いにしえより一族にかけられた忌わしい呪いだったのだと言う。
だが長の息子である瑠都にかけられた呪いは一族の中でも取り分けて軽かった。左足の小指のみが欠けているだけで、他の部位はなんともなかった。色素の抜けた白い髪の者が多い中で、瑠都は黒々とした豊かな髪を結い上げていた。姉は白い髪に病的に白い肌、両足が膝下からなかった。母もまた白い髪に腕がなく、手首の先が肩口についていた。一族のどこを見てもそのような者ばかりであったので、瑠都は神に与えられた子供だと尊ばれ、幼い頃から一つの使命を帯びていた。
「お前は、この一族の呪いを解くただ一人の子供だ。よいか。それがお前の唯一なさねばならないことなのだ」
こう諭す、父の声はいつも重たく響いた。
「父さん、呪いって何?」
幼い瑠都は同じ問いを繰り返した。
「アダンの樹だ」
父は、遥かな遠方を見やるように眼差しをあげて、そう、言うのが常だった。
「アダンって何? どこにでも生えているよ」
「そのアダンは、ここから遥かに遠い、西の海岸にあるという呪われた樹なのだ。お前はその樹をいつか、その手で葬り去らなければならない。・・・それが、宿命だ」
「うん。わかった。でも、遠いところにいって、それが呪われた樹だって、どうしてわかるの?」
「見ればわかる。その時が来ればな」
瑠都は幼い頃からこの呪いを返上する物語を聞かされて育った。幾度も幾度も、父は事あるごとに語って聞かせた。呪いを解くのはお前だ、瑠都なのだと。