ユートピア
『生と死の境界線上』から、『死』の方向を見下ろす。
たしかにここを一歩踏み出せば、ひと思いに死ねそうな高さである。
僕はしばらくその『死』の方向を、立ったまま見つめていた。
「何してるの?」
不意に後ろから声が聞こえた。『生』の方向へ振り返る。
すると、フェンス越しに、僕の学校とは違う制服を着た高校生ぐらいの女が立っていた。
「何、してるの?」
彼女は怪訝そうな顔でもう一度、僕に尋ねた。
「ああ……一ヶ月前にここで起きた自殺事件知ってる?
あれ、俺の友達なんだ。あいつはいつも言ってた。
『死ねばユートピアに行ける』って。だから、俺も行きたいんだ。
『ユートピア』に。このくだらない世界から解放されたいんだ」
「つまり、ここから飛び降りて死ぬつもりだったの?
でも、死んだって、人は、無になるだけよ。そんな世界存在しないわ」
彼女は、僕の目を見て、少し笑いながら言った。
「違う、人は死んだら『ユートピア』で生まれ変わって、
何の苦しみのない幸せな暮らしができるんだ。
嘘をつき合ったり、傷つけ合ったりするこの世界とは違ってね」
「少なくとも、自殺で死んだ人が、そんな素晴らしい世界に行けるわけがないと思うけど。
自分で自分の命を絶った愚か者なんかではね。
あなたもその友達も、「死」が怖かったんでしょ?
だからそんな空想で自分自身を慰めてたんでしょ?」
彼女は僕に近づいてきた。フェンス越しまで。
彼女は僕の目から目線を外さない。僕はその目が怖くなって下を向く。