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ハニィレモン・フレーバー

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「おまえちょっと空気読めよ」
座り心地のいいソファに座った彼は、割れた眼鏡をケースに入れた。弁償しろと言われても困るので、透はしどろもどろで頷いた。二人が入ったカフェは街路樹が並ぶ大通りに面しており、歩道に人の姿がちらほら見られる。
「どうした、ハニィ」
「えっ」
身体にフィットする椅子に座っている透は顔を上げる。
「なんか小さくなってないか。おいたして少しは反省したのか」
「ちげえよ」
透はガラス越しに見える街の様子を見つめた。いくつも並ぶビルの間から切り取られたような狭い空が見えた。
カフェ内は仕事を終えた客が多く見られる。談笑や食事を行っている人々で店内は喧騒に満ちていた。
「笑うなよ」
「なにが?」
「なんか、落ち着かない」
そっぽを向いてガラスを睨んでいる透の横顔を眺めていたカイナはプッと噴き出す。透は睨む。
「笑うなって言っただろう」
「田舎ものだね」
「ほっといてくれ」
いじけたようにコーヒーに口をつけた透は顔を顰める。どうやら苦かったらしい。砂糖壺から3杯砂糖を入れた透にカイナは笑いを堪える。これ以上笑ったら機嫌を損ねて帰りかねない。自身が頼んだカフェオレに口をつけつつ、話を変える。
「で、今日連絡くれたのはどうしたの。渡すものがあるって」
「急に呼び出して、悪かったよ」
悪いなんてちっとも思っていない様子で透は詫びた。
カイナ自身、昨夜送られてきたメールは晴天の霹靂だったのだ。最後に透にあったのは二週間前。その時、カイナは透に告白をしている。透自身既に付き合っている女性がおり、その女性一筋である。つまりまったく見込みがないのだ。
カイナ自身はそんなことはどうでもいいことだった。出会い方も最悪で、実際カイナは透を殺そうとしたくらいだった。そこから何を思ったのか透が好きになり、思いを告げると出ていけと罵倒されてゴタゴタがあり今に至る。
カップの淵を指先でなぞり、カイナは思う。
自分も一体なんの病気にかかって、目前の年下が好きになったんだろう。
自分自身でも半分呆れながら、頼んだクッキーを摘まむ。
透は持ってきた大きな紙袋を机の上に置いた。
「これが件のものだ」
「ほう」
カイナは丈夫そうな紙袋を見た。
「中、見ていいの」
「やるって言っているんだ。好きにしてくれ」
ちょっとわくわくしながらカイナは中を覗く。覗いたまま、固まる。反応が分かっていたらしい透は、逆に開き直っているのか堂々と構えている。
「ハニィ、これ、なに」
「見ての通りだが」
よく中身を見ようと、カイナはブツを取り出した。
少しでこぼことしたフォルム。茶色の肌には緑のぶつぶつ。
「……梨?」
「正解」
カイナは袋いっぱいに積まれた梨の山を見下ろす。いくら凝視してもそれは梨であり、それ以上でも以下でもない。
「なあ、ハニィ。なんで梨なの?」
「徹郎さんが田舎からたくさん梨を貰ったらしくて」
「ああ、ハニィんところの、アパート管理人ね」
一度だけ面識のある、軽そうな男のひげ面が浮かぶ。
「俺もおすそわけで山のように貰ったんだが、一人じゃ食べきれなくて」
「だからってオレー?」
カイナは己を過大評価していない。確かにカイナ自身は透が好きだが、透自身はカイナがきらいと言っても過言ではないだろう。なのに、おすそわけ。
「なんかあの煩い管理人に仕込まれたわけ?」
「仕込むって、何を仕込むんだ。毒か?」
「入っていても別に驚かないけど。だっておまえはオレのことキライだろ。なんでおすそわけくれんだよ」
透は視線を外してなにやらぼそぼそと呟いたが、カイナには聞こえなかった。
「なに?」
「なんでもない。これは隠しても仕方ないからいう」
「うん」
「俺は友人と呼べるものは、いないに等しい」
何故かドヤ顔で言われて、手を組んでいたカイナは反射的に透を凝視してしまった。
「しかし余らせて腐らせるのはもったいない。だからやる」
「はあ」
「好きなだけ笑え。許可する」
頷いた透を見つめる。髪から覗いた耳が少しだけ赤くなっているのに気が付いたカイナは、胸奥が締めつけられるように愛おしくなった。笑うというより微笑が毀れて、困った。
「おまえに友人が少なくて助かったよ。貰っとく」
「あ、ああ」
散々馬鹿にされる用意をしていたらしい透は拍子抜けしたように返事をする。カイナは端に立てかけていたメニュー表を取り出して、透に手渡した。
「お礼に食事でも御馳走したいところだけど、おまえこの後バイトだろう」
「確かにそうだが、なんで俺のスケジュール知っているんだ」
「ストーカーですから」
口元を手で隠したカイナは悪戯っぽく笑う。透は疲れたような息を吐き出す。
「だからここの料金はオレが持つよ。甘いもの好きみたいだな、好きなもの食べろよ」
「じゃあバナナチョコレートスペシャルサンデータワーをひとつ」
「澱みねえな、オイ」
肩を竦めたカイナは手を上げて店員を呼んだ。


作品名:ハニィレモン・フレーバー 作家名:ヨル