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ハニィレモン・フレーバー

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すっかり辺りが暗くなり始めた頃、駅入り口で透は振り返った。
「どこまでついてくるつもりだ。店までついてきたら叩き出すぞ」
「アパートでも追い出されて、店でも叩き出されるのか。客を敬う気持ちはないのか」
少し考えるように透の視線が遠くなる。
「行儀のいい客としてなら、まあ許す」
「それは楽しみだ」
思いがけず許可が下りたのでカイナは口笛を吹いた。寂寥で死にそうになったら行かせて貰おうと頭の片隅で考える。
「じゃあいってらっしゃいのハグしていい?」
「壁の押し花にするぞ」
はいはいと両手をあげたカイナは降参する。ひらひらと手を振るう。
「じゃあな。おすそわけをありがとな」
定期入れを取り出した透は少しカイナを見たあと、そのまま改札の方へと歩いて行った。後ろ姿を見送っていたカイナに、透が振り返る。まるで怒っているような足取りで近づいてくる。戸惑ったカイナはとりあえず投げられても受け身がとれるように身構えた。拳にも警戒して立っていると透はカイナの傍で急停止した。パーソナルスペースを超えて顔を近づけられて、カイナは目を見張る。キスしてもらえるのかなと考えたが、相手が苦渋に満ちた表情をしているのを見て、そんな雰囲気かけらもないと判断する。
眉を寄せて口元を歪めた顔をカイナは眺めた。
肌は健康的に焼けていて、唇は乾燥して荒れている。

ああ駄目だとカイナは目を閉じる。接近した顔なんて目の毒でしかなかった。キスして欲しい願望で脳内が埋め尽くされていると、透の声が聞こえた。
「――じゃない」
「え、なに」
妄想に気を取られていて、聞き逃すと刺されそうな瞳で睨まれた。怒った顔も可愛いなと口にしたら確実に殴られそうなことを思う。余計なことを考えていることが分かったのか、視線が針のように鋭くなる。
「一回しか言わねえぞ」
頬を撫でる怒気にさすがに怯んで何度もコクコクと頷く。
静聴の構えを取ると逆に透の表情に迷いが生まれ、異様に顔を近づけた二人の間で沈黙が落ちた。
不思議気に見つめていると透は目を閉じた。
「きっと俺は残酷なんだろうと思う。でも、そんなの知るかとも思う」
「え」
「きらいじゃない」
「……」
「すきでもないけどな。それだけ」
肩を押して離れた透は踵を返して改札をくぐっていった。振り返ることなく。
キスされるより呆然としてしまったカイナは後ろ姿を見送ることすら忘れて佇んでいていた。あまりに長く佇んでいたので、駅員が話しかけてきてやっと呪縛が解けた。
なんでもないですとうわの空で答えながら、紙袋を大事に抱えてカイナは歩き始めた。
あまり深く考えないように歩く動作に集中する。しかしふいに思い出した思いつめた横顔に、頭を抱えた。




いっそのこと襲って既成事実を作りたい。










後日そう告げると、足で顔を押し鼻された。




作品名:ハニィレモン・フレーバー 作家名:ヨル