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天井の目

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 ところで、書き忘れていた事が一つ有ったので補足しよう。
 私は女である。
 男の様な言葉を話し書くので、時折勘違いされるのだが、私は女である。
 だから、私は其の目に対してこう言った。

 「おい、君。
  何処の誰かは知らないが、失礼ぢゃあないのか。こんな夜更けに」

 其れが目だと理解して、最初に感じたのは苛立ちだった。
 こんな夜分に女性の寝床を見て許されるのは、恋仲の男性か育ての親だけと決まっている。
 何の断りも無く寝姿を凝視する等、非常識であり、失礼極まり無いではないか。
 其れに何より、眠い。眠いのに、如何にも視線が気になって眠れない。見知らぬ相手に凝視されていれば、誰だって然うなる筈だ。
 私の声が少し苛立っていたのも、仕方の無い事だろう。
 すると目は、戸惑ったように視線を彷徨わせた。幼子が叱られた時の様だ。
 「…然ういえば、君、口は何処だ」
 目はまたも視線を泳がせた。
 返答が無いのを見るに、如何やらこの目に口は無い様子だ。
 もう片方の目も、鼻も見当たらない。然し、耳も見当たらないが、何故か声は聞こえている様子だ。何とも謎である。
 「口は無いのか」
 然う聞いてから、少し考え、言葉を付け加えた。
 「肯定なら視線を縦に、否定なら視線を横に動かしてくれ」
 数秒ほど置いてから、視線が縦に動いた。成る程、矢張り口は無い様だ。
 私は考える。
 こうなると、肯定か否定か、何方かで答えられる質問をしなくてはならない。何故其処に居るのか聞きたいところだが、説明するのは不可能だろう。
 まあ、仕方が無い。一つずつ地道に聞いていくしか無いだろう。この際、寝るのは後回しだ。
 「君は、男性か?」
 取り敢えず二番目に聞きたかった事だ。今度は余り間を置かず、目線が縦に移動する。
 「ぢゃあ君。先刻も言ったが、こんな夜中に女性の寝所を覗くのは、余り褒められた事では無いよ。
  せめて夜中と着替え中は止めなさい」
 縦に動く。中々素直な性格の様だ。
 「其れと、黙って見ているのも良く無いな。何か相手に知らせる様な手段は持っていないのか?」
 何かを考える様に、瞳孔が上方に移動した。口が有ったならば、屹度ううんと唸っているのだろう。
 一分程の後、視線が戻り、私を見詰めた。すると、僅かな振動と共に、天井からぱちんぱちんと何かが爆ぜる様な音や、足音の様な音が聞こえ出した。尚、此処は最上階の二階であり、屋根裏部屋は無い。
 ううむと私は首を捻る。
 「私は君と話しているから解るが、初めての相手には、唯の雑音としか聞こえないかもしれないな。或いは、気のせいだとしか思わないだろう」
 視線が下がる。
 若しや、落ち込ませて仕舞ったのだろうか。一度然う思うと、其の様子は余りにも気の毒に見えた。
 「いや、まあ、其れでも伝えようとする努力が大切だと、私は思うよ、うん」
 慌てて私は付け加えた。
 視線が戻り、ほっと胸を撫で下ろす。
 何処となく子供を相手にしている様な心持ちに成る。所謂、母性本能という物だろうか。其の様な気持ちが湧いて来るのを私は感じていた。

作品名:天井の目 作家名:北屋