小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

天井の目

INDEX|3ページ/3ページ|

前のページ
 


 「ところで、今日此処に来たのは、私に何か用事が有っての事か?」
 視線は横に。
 「ぢゃあ君、私はもう眠いんだ。特に用事が無いなら、もう灯りを消して寝たいんだが、良いかな?」
 縦に動いたので、今度こそ、私は灯りに手を伸ばした。
 視線も少しは気になるが、何となく慣れてきた。此れなら眠れるだろう。
 出来れば目でも瞑って貰えると、一番有り難いんだが。
 そこまで考えて、伸ばしていた手がぴたりと止まった。ある事に気付いた為だ。

 「…なあ、君。
  先刻から一度も瞬きをしていない様だが、目が痛くならないのか?」

 そう。天井の目は、最初の最初から、一度も瞬きをしていなかったのだ。
 目線が横に動いたので、痛くは無いらしい。
 人間の目と一見似ているが、恐らく構造は全く異なるのだろう。
 そもそも、彼の瞼に当たる部分は、薄く柔らかな皮膚では無く、硬い木である。瞬きする様に動かせという方が無理であろう。いや、寧ろ動かされても困る。其れで天井に亀裂でも入ったら、修理代は誰に請求すれば良いのだ。
 「しかし、ずっと開きっぱなしというのも、余り目の健康に良く無さそうだぞ」
 其れに例え埃や虫が入ったとしても、涙を流すことも、手で擦ることも出来無い。
 私は何だか、其の目が可哀想に思えてきた。
 「せめて天井でなく床の目なら、私が目薬でも注して遣るのだが。気の毒に」
 然う言った直後だった。
 何の前触れも無く、天井の目は掻き消えた。
 目が有った場所は、何の痕跡も無く、何処から如何見ても普通の板張りの天井でしかない。私はきょとんと其処ばかりを凝視していた。
 はて、今迄のは眠気の余り見た夢であったかと首を傾げた時だ。直ぐ横から、誰かの足音が聞こえた。
 はっとして横を見たが、其処には誰も居ない。次いで、ぱちぱちという音。
 若しやと思い上体を起こすと、何と直ぐ側の畳に、先程の目が居るではないか。
 「目薬の為に移動したのか?」
 黒目が縦に動く。其の目が期待に満ちている様に見えるのは、恐らく私の気の所為ではあるまい。
 何と現金な奴だろう。少し呆れて、一つ溜め息を吐いた。
 然し、矢張り幼子か、或いは子犬の様で愛らしくもある。
 私は薬の入っている棚を開けた。
 「ところで、目薬を注した事はあるのか?」
 案の定、視線は縦に動いた。
 其れは然うだろう。口も手も無いのでは、薬局で目薬を買う事も、自分で目薬を注す事も出来まい。
 「ぢゃあ、少し染みるけれど、余り驚いてはいけないよ」
 目薬は殆ど使われておらず、たっぷりと点眼液が入っている。
 私は蓋を開け、点眼口も捻り取ると、くるりと手首を返し、中身を全て目に向かってぶち撒けた。
 其の位しなければ、彼の目には量が少な過ぎるだろうと、然う考えたからだった。

 瞬間、部屋が大きく揺れた。
 ばちんという、何かが破裂したような騒音。

 「………おや?」
 震度三程度の揺れが収まった頃、気付くと、目はすっかり消えていた。
 床にも、天井にも、壁にも、部屋の何処にも、少なくとも見える限りの場所に、彼の目は居なかった。
 部屋は、最初から何も無かったかの様に、しんと静まり返っている。
 唯、私の手に在るの空の目薬だけが、此処で何かが起こった、其の名残であった。
 「だから、余り驚いてはいけないと、然う言ったのに」
 然し、生まれて初めての目薬に、一等強い清涼型は刺激が強すぎたかもしれない。
 次は染みない目薬を用意しておいてやろう。
 柔らかな布団の中で、今度こそ灯りを消しながら、私はそんな事を考えていた。



 詰まり、私が毎月、二度か三度も目薬を買っているのは、然ういう理由なのだ。





   おしまい
作品名:天井の目 作家名:北屋