月の彼方に
「え……?」
春馬は一瞬、美帆が何を言ったのか分からなかった。
まだ幼い彼でも、かぐや姫は昔のおとぎ話でしかないことを知っている。
「実は私、月から来たの」
「……」
春馬は突如告げられた驚愕の真実に言葉が出て来なかった。
「驚くのも無理はないと思うわ。でも信じて。私は嘘を言っているわけじゃない」
春馬は回らない舌をなんとか動かして、言葉を絞り出した。
「じゃ……じゃあ君、本当に月から来たの?」
「えぇ、そうよ」
しかしそこで美帆は残念そうに春馬から目をそらした。
「だけどね、もうすぐ帰らなきゃいけないんだ」
「月に?」
春馬の問いかけに美帆は残念そうにうなづく。
「そ……それじゃあ、君が月に帰っちゃったら僕とはもう会えないの?」
「……多分」
春馬は言いようのない哀しさが胸の中に広がって行くのを感じた。
そんな……やっと友達が出来たと思ったのに……。
「いつ帰っちゃうの?」
春馬は答えを聞くのが怖かった。
その答えを聞かなければ、美帆がいつまでもここにいてくれる様な気がした。
……でも耳を塞ぐことはしなかった。
「……二日後の夜」
「ええっ、そんなに早いの!?」
「うん……ごめんね。もっと早く言えれば良かったんだけど……」
「……それじゃあ、明日までしか会えないの?」
「……ううん。明日はもう会えないわ」
「それじゃあつまり……」
「こうして会えるのも今日が最後よ」
そう言った直後、美帆の目から涙が零れた。
それから美帆は力一杯春馬を抱きしめた。
「私のこと忘れないでね……!」
もう涙を隠そうともせず美帆は言う。
それを見て、春馬ももう涙を抑えられなかった。
美帆と同じように、春馬も彼女を力いっぱい抱きしめる。
「うん……絶対に忘れないよ!」
「約束だよ……!」
「うん……!」
「絶対絶対約束だよ……!」
「うん。ずっとずっと友達だよ……!」
二人は月明かりに照らされながら、いつまでも互いを抱きしめ合った。