月の彼方に
それから春馬と美帆は笛の練習を続けた。
ただ、美帆の笛の音を聞いているだけだったけど、春馬にとってはとても楽しいことだった。
美帆も春馬が隣で聞いてくれていると思うと、長時間の演奏でも頑張れた。
そして遂に迎えたお月見の夜。春馬は昨日買っておいたお団子を鞄に入れて家を飛び出した。
月明かりが照らす夜道を春馬は軽い足取りで駆け抜ける。
街を抜けると、すぐに平原にたどり着いた。
幻想的な月夜に照らし出された平原は、明るい時間帯とはまた違った顔を見せていた。
そんな平原に見とれながら、春馬は周囲を見回す。
「春馬。こっちこっち!」
声が聞こえた方を向くと、美帆が春馬に向けて大きく手を振っていた。
「うん、今行く!」
春馬は美帆の元に駆ける。
「ありがとう。本当に来てくれたんだ」
そう言って美帆は嬉しそうに笑った。
「何言ってるんだよ。来るに決まってるじゃん。だって約束したんだから」
「うん。確かにそうだよね」
言いながら美帆はいつもの木の根元に腰かけた。
それから澄んだ目で夜空を見上げる。
春馬も釣られて空に目を向けた。
空ではいくつもの星がきらきらと綺麗な輝きを見せていた。
いくつもの星々が瞬き、そして連なって夜の空に幻想的な世界を作り上げている。
そんな星々を束ねる様にして、一層大きく満月が空に浮かんでいた。
明るい月明かりが、平原に座る春馬と美帆を照らしていた。
「お月さま、綺麗だね」
春馬が美帆に語りかける。
「ええ、本当に」
言いながら美帆はすーっと息を大きく吸い込んだ。
どうやら本番を前にして緊張しているようだ。
「大丈夫だよ。美帆なら出来るって。だってあんなに綺麗な音色を奏でられるんだもん」
春馬の言葉に美帆は嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
それから彼女はもう一度大きく息を吸い込んで笛を咥えた。
次の瞬間、平原にあの美しい旋律が鳴り響いた。
美帆は月を見上げながら、しかし目は閉じて、笛を演奏していた。
春馬も同じようにして、目を閉じて月を見上げた。
目を閉じているから、何も見えないはずなのに不思議なことにぼんやりと満月が見えた。
その満月は、目で見るより、より一層美しく輝いていた。
「わぁ……綺麗なお月さま」
思わず春馬は言葉を漏らす。
美帆も笛を演奏しながらコクリとうなづいた。
……そしてやがて演奏が終わり、平原に静寂が広がった。
春馬は目を開いて隣に座る美帆を見つめた。
「おつかれ」
春馬がそう言うと美帆は笑顔で「ありがとう」とうなづいた。
そこで春馬は何かを思い出したように鞄をまさぐった。
「どうしたの?」
美帆が不思議そうに尋ねる。
「お団子持って来たんだ。一緒に食べようよ」
「あら。本当?」
春馬が鞄からおいしそうな、みたらし団子を取り出した。
四本ある団子の内の二本を美帆に渡す。
「ありがとう。私、お団子大好きなんだ」
そう言って美帆は嬉しそうに団子を口に運んだ。
それを横目に見ながら春馬も団子を口に運ぶ。
甘いたれの味が口中に広がった。
「おいしいね」
月を見上げながら美帆が言った。
早くも彼女は一本目を食べ終えようとしている。
「うん。それにお月さまを見ながら食べてるから倍おいしいよ」
春馬の言葉を聞いて美帆は初めて会った時の様にくすくすと笑った。
「ええ、そうね。お月さまを見ながら食べると倍おいしいわ」
二人は黙って団子を食べた。
無言というのはあまり気持ちの良い物ではないけれど、今の二人とってはとても心地の良いものだった。
そよそよと吹く風や虫の鳴き声が二人を包み込む。
団子を食べ終えて、しばらくしてから不意に美帆が口を開いた。
「ねぇ、春馬」
「なに?」
美帆は一瞬口ごもってから続けた。
「私ね、実はまだ春馬に話していないことがあるんだ」
春馬は黙って続きを待った。
何かを口にするより、黙って待ってあげた方が良いと思ったからだ。
「私ね……実は」
そよ風が二人の前髪を揺らした。
風の音に混じって、美帆は言った。