小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

月の彼方に

INDEX|1ページ/9ページ|

次のページ
 
春馬は孤独だった。
両親は共に仕事で遠出していて、兄妹もいない彼が頼れるのは友人しかいない。
しかし彼にはそれほど親しいと言える友人は一人もいなかった。
だから、彼は今日もこうして一人寂しく、平原を歩いている。
そよそよと風が吹いて前髪を撫でた。
大地を揺らす風が心地よい。
なんだかこの風が自分を優しく包み込んでくれている様な気がした。
この平原だけが僕を理解してくれる……この平原だけが僕の友達だ。
両手を広げて風を一心に受け、そんな風に春馬は思う。
そんな折、春馬は不思議な音色を聴いて足を止めた。
この旋律は誰が奏でているのだろう。
春馬はその旋律に誘われるようにして音色の主を探した。
しばらく音に誘われて歩いているうちに、彼は大きな木の下でオカリナを吹く一人の少女を見つけた。
なんだか、不思議な雰囲気を漂わせる少女だった。
春馬が自分を見つめているのに気付き少女はこちらを向いた。
そうして見つめられるとつい照れてしまい、春馬はちょっぴり頬を赤らめながら少女に近づいた。
春馬はおずおずと少女に声をかける。
「や、やぁ。今の音色は君が奏でていたのかい?」
春馬の言葉に少女はニッコリと笑って答える。
「えぇ、そうよ。どうだった?私の演奏は」
少女が悪戯っぽい表情で春馬を見つめた。
「うまかったよ。とっても。例えばそうだなぁ……まるで妖精が演奏している様な……」
春馬の言葉に少女はくすくすと笑った。
なぜ自分が笑われたのか分からず、春馬は少しむっとした。
「私の演奏を褒めてくれた人はたくさんいるけど、あなたみたいに面白いことを言った人は初めてだわ」
「お、面白い?」
「うん。とっても面白い。まるで妖精が演奏しているような……」
春馬の言葉を復唱して、また少女はくすくすと笑った。
しかし、春馬が少し頬を膨らませているのに気付き少女はすぐに笑うのを止めた。
「あぁ、ごめんなさい。別にあなたを馬鹿にしたわけじゃないのよ。ただ今まであんな言葉言ってくれた人いなかったから。とっても嬉しかったわ。ありがとう」
「あぁ……うん。でもお礼を言われるほどのことはしてないよ」
春馬は動転している頭をなんとか動かし言葉を紡ぐ。
そんな春馬を見て、また少女はくすくすと笑った。
「うふふっ。あなたってやっぱり面白い人ね。あなた名前は何て?」
まさか名前を聞かれるとは思わず、春馬は少しばかり慌てたが、なんとか答えた。
「春馬だよ。摘風春馬」
「春馬、良い名前じゃない。私は美帆。葛城美帆よ。よろしくね」
そう言って美帆と名乗った少女は春馬に手を差し出して来た。
「よ、よろしく」
春馬も手を差し出して、二人は握手をする。
……美帆の手は思っていたより冷たかった。
「ねぇ、君はいつもここで笛を吹いているの?」
「ううん。いつもここにいるわけじゃないわ。でもたまにここに来るの。ここって良い場所よね。なんだかここにいると心が洗われるみたい」
美帆の言葉に春馬は反射的にうなづいた。
「うん。僕もそう思うよ」
その時不意に美帆が手首に巻いた綺麗な腕時計をチラリと見た。
「ごめんなさい」
申し訳なさそうな表情で言いながら美帆は腰かけていた木から立ち上がった。
「もう行かないと」
「え……?」
不意に告げられた別れの言葉に、春馬は何と答えれば良いのか分からなかった。
彼女が帰るというのなら止める必要はない、という気持ちと、出来ればもう一度あの旋律を聞かせてほしいという二つの気持ちが春馬の心の中で反発しあいグルグルと渦を巻いた。
「ねぇ……。また明日もここに来てくれる?」
やっとの思いで、春馬は言葉を絞り出した。
まさか、そんな言葉を言われるとは思わなかったのか少女は驚いた様子だ。
「また君の演奏が聞きたいんだ。頼むよ」
春馬はどうしてここまで彼女の奏でる旋律が気に入ったのか自分でも分からなかった。
ただ分かるのは、自分が彼女に好意を抱いているということ。
もう少し年齢を重ねていたなら、それは恋心というモノに変わっていたのかもしれない。
春馬がここまで他人に好意を抱いたのは随分久しぶりのことだった。
もしかしたら無意識のうちに他人を遠ざけていたのかもしれない。
しばらく間隔を置いて、美帆はようやく答えた。
「分かった。それじゃあまた明日、今日と同じ時間に」
美帆の言葉を聞いた春馬は自然と自分の顔に笑みが広がるのを感じた。
作品名:月の彼方に 作家名:逢坂愛発