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「高志・・・そう言われても仕方ないけど、お父さんは知らないことなの」
「まあ、いいけど、相手だれ？」
「横井さん」
「えっ？美咲の父さん！うそ・・・そんな・・・」

高志は怖い表情を見せて、
「俺たちどうすればいいんだよ！兄弟になっちまうじゃないか！」
「そのことだけど、お母さん籍は入れないの。横井さんもそうするって言ってくれたし。一緒には暮らすけど他人よ」
「母さんは、それでいいのか？」
「いいのよ。あなたと美咲ちゃんがずっと仲良くしてくれて、結婚できたら嬉しいもの」
「俺のために、籍を入れないって決めたのか？」
「ううん、あなたと美咲ちゃんが結婚しなくてもそうするの。お互いに子供のことが一番なの。心配することないから今までどおりにして欲しいの」
「母さん・・・おれ・・・美咲とは別れる。いや、友達になるから、ちゃんと籍入れて結婚しろよ」

有里がちょっと涙ぐんだ声で、高志に向かって言った。

「カッコいいこと言っちゃって・・・美咲ちゃんと別れるなんてお姉ちゃんが許さないから！可哀そうな事言うんじゃないよ」
「お姉ちゃん・・・母さんが結婚したら美咲とはずっと一緒に暮らせる。兄弟になって仲良く出来るから一生付き合える。結婚して幸せになれなかったら・・・その方が悲しむよ」
「そんなこと解らないじゃない！それに、あんたには幸せにしてやろうって気持ちがないの？」

有里は高志の気持ちが痛いほど解るから余計にむきになっていた。

「有里、そんな言い方高志が可哀そうよ」
「いいのよ、勝手なこと言って・・・お母さんの気持ちが解らないの！高志は」
「お姉ちゃん、お姉ちゃんだったらどうする？母さんが自分のために結婚しないって決めても平気なのか？」
「平気じゃないわよ・・・でも好きな人と別れるなんて出来ないと思うよ。高志のように簡単に別れるって決められないから」
「言わせてもらうよ。俺もお姉ちゃんも人生まだまだ長いよ。学校だってこれからだし。今好きな人と結婚するって言うことがそれほど大切なことだとは思わないんだ。お姉ちゃんだって今好きな人とどうなるか解らないだろう？」
「そりゃそうだけど・・・それで何よ」
「母さんは父さんと離婚するぐらい横井さんのことが好きなんだよ。今まで俺たちのことでずっと我慢して暮らしてきたんだ。お姉ちゃんだっておんなじ女だから解るだろう？寂しい気持ちが？違うか」
「高志・・・そんなこと解っていたの？」
「当たり前だよ。ずっと一緒に暮らしてきて父さんを見てきたから。自分の我慢なんて母さんの我慢に比べたら僅かだよ。美咲には俺が納得してくれるように話すから、心配要らないよ。あの子だって同じ気持ちだよ、きっと」
「ごめんね・・・そんな高志の気持ちも知らないで」

有里は泣いてしまった。智子も高志の優しさに涙が出てきた。
三人は泣きながらお互いの絆をしっかりと強くしていた。

「母さん、同棲はいけない。ちゃんと結婚しろ。横井さんと二人で暮らしたらいいよ。美咲ここに呼んで三人でやってゆくから時々来てくれるだけで構わないよ。なあ？お姉ちゃん」
「そうね、三人で仲良くしなきゃ・・・ね。私がお母さん代わりね」
「なんだか頼りないなあ・・・」
「もう！ご飯作ってやらないからね！美咲ちゃんとだけ仲良くするから」
「いつも俺をいじめるなあ・・・ひょっとして好き？」
「バカ！バカ！バカ！・・・最低！」

三人の泣き顔が笑い顔に変わった。智子は心から幸せを感じ始めていた。いろんなことがあった11月1日が終わろうとしていた。


夫の伸一は11月の最初の日曜日に自分の車に荷物を少し載せて家を出て行った。高志と有里に何か話していたが、智子には「じゃあな」とだけ言って車に乗り込んでしまった。
「こんなものだったのね」内心そう感じた。

「お父さん出て行ってしまったね」有里は後姿をずっと見送っていたから、寂しく感じていたのだろう。小学校の低学年までは、夫が帰ってくると真っ先に玄関に走っていって、「お帰り」と抱きついていたことを智子は思い出した。夫婦の間には溝が出来始めていても、娘と父親の間にはずっと変わらない感情が残っていたに違いない。智子はそれを有里から奪ったことに心を痛めた。

有里が彼を連れてきた時の夫の不機嫌さも父親なら仕方ないとそれなりに理解を示していたことを思うと、高志の自分への思いと同じように、有里の父親への思いをもう少し考えないといけなかった。横井のこと、美咲のこと、有里と高志のこと、仕事のこと、智子には考えないといけないことがたくさん出来た。まして、離婚は成立したから後には戻れない。仕事も正式に引き受けて団体職員の身分になったから、いい加減なことは出来ない。

身体は疲れていたのに神経が研ぎ澄まされて眠れない時間を過ごしていた。めったに飲まないビールを冷蔵庫から取り出して、グラスに半分だけ飲んだ。台所のテーブルで飲み干した空のグラスをぼんやりと眺めながら、横井のことを考えていた。高志が言ってくれたように二人で暮らすことが出来るのだろうか。間瀬の両親や伯父に離婚はともかく、横井と一緒に暮らすなどとはとても言い出せないと思った。まずは、明日仕事の帰りに実家に寄って離婚のことを話そう、そして子供たちと今の家でしばらくは一緒に暮らすと言おう、それだけを決めた。

まだ眠い目をこすりながら朝の台所に立って炊事をしていた。いつものように高志が学校に出かけた。洗い物を終えて、スーツに着替えて自分が家を出た。有里は一番後に家を出た。毎日がそういう順番で回ってゆく。
あっという間に暦は12月を迎えていた。横井との話し合いもなかなか結論が出ずに、日曜日にしようと約束した家探しも出来ずにそのままにしていた。

日曜日の朝、金山駅から一人で高志は半田に行くために特急電車を待っていた。美咲にはメールをして知多半田駅まで迎えに来てくれるように頼んでいた。改札口を出ると美咲が居た。

「悪かったな、迎えに来させて」
「別にいいよ。初めてでしょ？ここに来るのは」
「ＪＲには母さんの実家に行くときに乗ったことがあるけど、ここは初めてだなあ」
「ほら前に見える高い建物ね、あの二階で高志さんのお母さん働いているのよ。産業展示館っていうの」
「そうなんだ。ここまで通っているんだ」
「この町どんな印象？」
「まだわかんないよ・・・着いたばかりだし。名古屋から来ると田舎って感じはするけどね」
「私も初めはそう感じたよ。でも結構お店や商店があってそんなに不便じゃないよ。名古屋駅だって特急で40分ほどだしね」
「ふ〜ん、ところで家はどこ？」
「歩く？それともタクシー使う？」
「歩こうか、そんなに寒くないし。話しながら行こう」
「そうね、じゃあ着いてきて」

高志は智子に内緒で半田に来た。美咲にもう話さないといけないと決めていたからだ。どんな態度をとるのか解らなかったけど、二人が恋人から穏やかに兄弟になってゆけることを希望していた。一緒に歩く美咲とはもう手を繋がない。無理をしているのではなく、お互いに話したいことが同じ事だと言うことが感じられるからだ。どのぐらい歩いたのか解らなかったけど、着いたらしく、偉く立派な門構えの前に止まった。