夢幻双子
「おどろいたなぁ。夢狩りの女の子にこんなに強い力を持ってる子がいるなんて…。しかも、夢器は君の右目か……。本当に珍しいね」
ゆらりと目の前に突如黒い影が浮かんだ。ほかの闇はすべて消えたのにそれだけは消えずに残っていた。
夢魔の本体。
辺りが真っ白いだけの中で浮かぶそれがあまりにも不思議。
体がぐらぐらして力が入らない。
がくりと、足が崩れた。
でも、倒れはしなかった。
次の瞬間夢魔の顔がすぐ間近にあった。
上辺だけは穏やかな、凍えるほどの極上の笑み。
つかまれた腕がやけに冷たい。
体が震える。
「放…せ…っ」
逃れようと身をよじる。
夢魔が笑った。
「放すと思うかい?」
夢魔の紅の瞳が不気味に輝いていた。
「こんなに楽しい女の子を、放すと思う?だってねぇ…。君って本当に夢渡り?夢魔の間違いじゃないのかい?」
今……何と言った…?
目を見開いて夢魔を凝視した。
「普通、夢渡りなら仲間を攻撃するなんて有り得ないだろう?」
仲間……?
そういえば、由依の姿が見えない。
由依はどこ。
由依は。
オレが守らなきゃないのに。
「由依…。由依……!」
近くにいたはずなのに。返事がない。
夢魔の目が赤い。
怖い。
「自分でやっておいて、今度は彼のことを心配するの?それって、ちょっとひどいんじゃない?彼もかわいそうだね、こんな子に殺されるなんて」
夢魔が僅かに体をずらした。
そこに見えたのは。
そこにあったのは。
「いやだ……」
真っ赤に染まったからだ。
真っ赤に染まった自分の腕。
「ゆ…い……由依……!」
自分がやった。
自分が、由依を、この手で。
「そう、君がやったんだよ、礼依。君が、この手でね」
途端に右手に痛みが走った。
きつく夢魔に腕を握り締められていた。
怖かった。
必死でもがいた。
夢魔から逃れようと。
突き付けられた事実から逃れようと。
「素晴らしいことだよ、礼依。君は夢渡り初めての裏切り者だ。でも、良かったじゃないか。君の嫌いな相手を自分の手で殺すことができて。憎かったんだろう?この「男」が」
「ちがう…!」
必死でかぶりを振った。
自分はそんなことを思っていない。
「違わないさ。君はこの「男」を殺したいほどに憎んだんだ」
ちがう!
オレは、由依を憎んでなんていない!
「今までのことを忘れて、君を裏切ろうとしたこの「男」が憎かったんだろう?妬ましかったんだろう?君は「女」になってしまったのに、「男」になった彼が妬ましかったんだ。憎かったんだ。だって、「女」の夢狩りには先がないんだものね」
ざっと体中から血の気が引いた。
「いや……っ」
「「女」は夢狩りとして大きな力を得られたとしても、その力に耐え切れないんだよね。自分の力に喰われて消えて、しかもその場合、ひどいとこの世界そのものに影響を及ぼす可能性もあるんだっけ。だからそうならないように、そういう女は早々と消されるか、力を故意に奪われるかといった処理を行われる…。でも、だれだってそんなことは嫌なもの。礼依も、嫌だったんだろう?」
「あ……」
ああそうだ。
女は、自ら消えるか、消されるか、それとも籠の鳥か。どれか一つ。
それは先のない真っ暗な道か、良くてもだれかに庇護され続けて、何もしないままに終わる一生。
由依に永遠、守られ続けただろう一生。
そんなのは絶対に嫌だった。そんなことになるならば、自ら死を選んだほうがどんなにましか。このまま一生由依に庇護され続けていたかもしれないなんて、考えられるわけもなかった。 なぜ自分ばかりがこんな事になってしまったのか。
なぜ由依だけが「男」になることを許されたのか。
由依がひどく恨めしかった。
憎らしかった。
いっそ殺してしまいたいほどに。
「ほら、心はきちんとそう思っている…。嘘をつけない…」
「ちが……いや…だっ」
ざわざわと体中が泡立つ感覚。
夢魔に触れられた箇所がどんどん冷たくなって、闇に犯されて行く。
怖い。
こんなのは自分じゃない。
こんな事を考えるのは自分じゃない。
だれか。
だれか助けて。
だれか……由依……。
その時、突如として光が現れた。
ひどく、温かな光だった。
安心できる光。
そこで、礼依の意識はとぎれた。