夢幻双子
うっとりと、心地好い波に揺られながら。それでもしっかりと自分の半身とつながっていることを実感しながら、どんどん深いところへ招かれていく。二人で共に中心へと引き寄せられる。
新たな光が彼らの目の前に広がった。それはすべてを新しく生まれ変わらせるための光だった。
光が目の前にいっぱいに広がっていた。
真っ白で何も見えない。
温かい光の中で、ただ揺られている。
ただ一人で、何かに包み込まれているような。
由依は、どこだろう。
ふとそう思って辺りに視線を巡らせた。ただ真っ白いだけで、何も見えない。
『礼依なんて…嫌いだ……』
突如背筋が凍り付く程の悪寒がはい上がって背後を振り返った。
由依が、立っていた。
それが由依の姿であるはずなのに、なぜか震えが走る。恐ろしく冷たい由依の瞳。
でも由依に違いはないのだからと礼依は近付いた。
「由依、よかった…」
手を伸ばして、その手を取ろうとした。
そしたらいきなりその姿がかき消えて、辺りに光となって散った。
『やーい、由依ののろまー』
『おまえなんて礼依がいねぇと何にもできないくせに』
やーいやーい
また背後から別の声。今度は幼い子供の声だ。
振り返ってみる。
小さい子供達が、一人の子供を囲んで笑っている。真ん中の子供は、うつむいて泣きそうなのを必死でこらえていた。
ああ、あれは夢運びになりたての頃だ。よく、あんな風に由依はほかの夢運びたちにいじめられていた。
俺が、守らなきゃ…。
踏み出そうとしたとき。
『やめろおまえらっ!!』
『うわぁ!礼依だ!にっげろー』
いじめっこの子供達が、幼いときの自分が現れた途端にわっと散っていく。
全員が消えていなくなると、幼い頃の自分は由依を振り返って、大丈夫か、といつもの台詞。由依はただうつむいたままうなずくだけ。
『また何かあったら俺に言えよ?俺が絶対由依のこと守ってやるからな?』
そうだ、この頃からずっと、由依を守るのだと誓っていた。由依を守れるのは自分しか居ないのだと。
幼い礼依が、由依を支えて歩きだす。
二人の姿が光に溶けるように消えていく。
『守ってもらいたくなんてなかった……』
ゾクリ。
また悪寒。
いつのまにか由依が隣に立っていた。
『礼依に守られるのが嫌だった』
右隣にもう一人。
『僕だって礼依に守られなくても平気だったのに』
背後にまた現れる。
『礼依が嫌いだった』
そして正面。
無表情な由依が、冷たい色をたたえた瞳で、こちらを見つめていた。
声が増える度に、由依のその冷たい瞳が増える度に体が震える。
「うそだ……。だって由依は俺といつも一緒にいてくれた…!」
叫んだ。
叫ぶしかなかった。
苦しかった。
嘘だと思いたかった。
『本当だよ』
『僕は礼依が嫌い』
『僕を分かってくれない礼依が嫌い』
『僕を対等に扱ってくれない礼依が嫌い』
「うそだ……うそだっっ!!」
由依はそんな事を言うはずがない。
自分が由依に嫌われているなんて有り得ない。
でも…本当にそうなのか、わからない。自分が由依を助けたとき、由依が喜んでくれたことがあっただろうか…?
何も彼もがぐちゃぐちゃになっていく。
辺りの光すらもが闇に染まっていく。
闇に、包まれていく…。
気が付けば、すべてが闇だった。
縮こまって、何も彼も拒絶していた。
闇の底で、じっと動かずに。
そこへ、青白い光を伴って何かがひらひらと舞い降りてくる。
視線を上げると、それが蝶なのだと気付いた。
『由依の本音を知って、怖くなったかい?』
蝶が、自分をあざ笑っているかのように思えた。
『君達の関係って、お互いの本性を知っただけで壊れてしまうようなものなのかい?』
分からない。
『そうかい?違うだろう?君は由依が好きなんだろう?』
はっとして蝶を見つめた。
由依が好き。そうだ、その感情だけは間違いない。
『君達はお互いをよく知らなければならない。そしてこれから君に起こるだろうことの理由に気付かなければならない』
もう一つ、手前にぽっと白い光が浮かび上がる。
『我らは共になければならないもの』
『我らは共にお互いを助け合うもの』
『『どちらかに偏ってはいけない。我らは対等であらねばならないものなのだから…』』
二つの声が重なった。
光も重なっていく。
二つが一つの光に変わる。
光がすっと礼依の右目に引き寄せられるように近付いてきた。
「うわ……っ」
目の前で光が一気に拡散したかのようだった。
光は一気に拡大していき、辺り一帯を包み込む。
眩しい光が、辺りいっぱいに広がった。
視界いっぱいの光に導かれて、目を覚ます。
とん、と地に足が着く。
辺りは鮮やかな色ばかり。
今までの光の世界ではなく、ここは紛れもなく眠り空間。
ぼんやりとして、何があったのかいまいちはっきりと思い出せない。
自分は選抜試験に参加して、そして眠り空間へと足を踏み入れた。
それから何かに呼ばれて、二人で共にそこへ向かった。
たどり着いた場所にあったのは二つの光で、それに触れた途端に光に包み込まれて…。
それから……。
それから先が、はっきりと思い出せない。
何か、凄く苦しかったような。そんな気がしたような。
それに右目がなんだか凄く熱い。
けれど、それはどこか心地好い熱さ。
ゆっくりと右目を押さえていた手を離し、自分の手のひらを見つめた。
そう言えば、何かを確かにつかんだはずだったのに、何も手にしていない。
それが不思議。
ゆっくりと視線を巡らす。
辺りは鮮やかな色ばかりで何もない。
次第に正面から左へ視線を動かしていくと、そこに由依を見つけることができた。
驚いて、そして喜んで、くしゃくしゃに顔をゆがませて、涙まで浮かべながら、由依が、いや、由依そっくりの「男」が、そこにいた。
「礼依…僕……っ!」
その喜びを早くだれかと分かち合いたい。そんな思いがありありと読み取れる表情。
けれどその顔が礼依を見た途端に凍り付いた。
礼依は、初めて自分を見下ろす由依という存在を知った。
そして自分でも初めて、自分の体を見下ろす。
さらりと、長い髪が胸元にこぼれた。
由依とは違う、細い手足。
細いからだ。
以前と全く変わらない身長。
そして何より、以前にはなかったはずの少しばかり突き出てしまった胸。
何も考えたくはなかった。
それは、「女」という生き物だった。