夢幻双子
ヒ・カ・リ
四方の壁が遠いほどの広い空間に、多くの者がひしめいていた。夢狩り以外の全夢渡りから、我こそはという者たちが一斉に。それこそ最下級の夢運びもいれば、夢狩りに最も近い礼依のような夢防りまで様々だ。
由依と礼依はその人波のほぼ中央に、二人で寄り添うようにして立っていた。
ここに集まっている者はすべて夢狩り志望者。つまりは二人のライバルだ。この中から試験によって選ばれ、夢狩りになれるのはほんの一握り。それでも毎年、志願者が減ることはない。 遠くで、突如華々しくファンファーレが鳴った。
一同が一斉に正面、巨大なステージの方向へと視線を向ける。
まるで遠くて由依たちにはまめ粒ほどにしか見えなかったが、そこにはこの世界の神ともいえる存在、夢使いが立っているはずだった。
『良く集まってくれたね、私の子供たち』
音響を通して広間一帯に響いたのは、優しく穏やかな声音。
『これから君達には眠り空間に入ってもらう』
途端に辺り一帯がざわつき始める。
前ぶれもなくそんな事をいわれたのでは無理もない。傍らの由依もはっとして礼依を見つめた。
眠り空間はこの世界の外。そこは夢狩り以外は入ったら最後、永久に出てくることはできないといわれている。
礼依は、不安な面持ちの由依の肩を抱き、笑って大丈夫だからとささやいた。
同時に、騒ぎを静めようとする声が辺りに響く。
『安心してほしい。試験が終了すれば手持ちのエントリーカードが自動的に扉を開くシステムになっている。カードを無くさない限り、決して永久に眠り空間をさまよい続ける可能性はない』
ほらな、と礼依。夢防りでいる礼依は、この事を知っていたのだ。
そうなのか、と由依も安心して溜め息を一つ吐く。
『具体的な試験内容は、各々が時間内に自分に見合った夢器を捜し出してくるだけだ。だが、皆も知っての通り夢器は夢狩りの証でもあり、力の増幅器でもある。これは君達が無事夢狩りになった後、重要な武器となるものだ。しっかりと自分に最も相応しいと思うものを見つけ出してきてほしい。それでは、君達の健闘を心から祈っているよ』
ステージからまめ粒大のその姿が消えた。
これから、試験が開始される。
今までその小さな姿があった場所には、巨大な扉が現れて徐々に開いていっていた。
その先に見えるのは、様々な色が入り乱れ、同じ色がとどまることのない不安定な世界。
「いこうぜ、由依」
由依を促し、礼依は前に進む。ほかの大勢に飲み込まれそうになりながら前へ。後戻りは出来はしない。今はもう、お互いがはぐれることのないように堅く手を結んでただ、前へ。
巨大な入り口をくぐれば、鮮やかなまでの色が視界一杯に広がった。あまりにもそれが鮮やかで、中に一歩足を踏み入れたものは皆そこで立ち止まり、その光景に見入っている。
四方八方、三百六十度、どこを見てもすべてが鮮やかな色ばかり。そんな果てのないただただ広い空間。
呆気にとられてぐるりとあたりを見渡していると、背後で巨大な扉が閉じかけていることに気付いた。
そしてその手前に、指示を出すらしい夢狩りの一人が現れた。
「これより先は各々自由に行動すること。何をしても自由だ。だが万が一何か問題が起こったと言うことがあれば、すぐに手持ちのカードに呼び掛けること。すぐに夢狩りが駆け付ける。カードは試験終了時の出口にもなるものだから、決して紛失しないように。以上解散!」
途端にわっと、雪崩を打って皆が駆け出した。
以前にも選抜試験に参加したことがあるらしいものが真っ先に方々へ散っていく。それ以外も遅れを取るなとばかりに次々と続いていった。中には初めて参加したらしく訳も分からずに右往左往する若い者たちもいる。
だが、由依と礼依はそのどれにも当てはまってはいなかった。
「どうするの礼依、皆行っちゃったよ?」
自分たちも早くしないとと片割れをせかすのが由依だ。
対する礼依は、至極落ち着いていた。
他にも良く見れば同じように落ち着き払っているものたちがいる。すべて礼依と同じ夢防りだった。
「由依、しっかり耳を澄ませてみるんだ。まずそうしてみろって、オレたち夢防りは教えられてる。選ばれたものにはわざわざ探しに行かなくても必ず夢器から呼び掛けてきてくれるんだって…」
言って、礼依は目を閉じた。礼依がそのまま全く動こうとしないので、仕方なく由依も半信半疑で目を閉じてみる。
静かだった。
目を開けているときは鮮やかな色の世界がいっぱいに広がっているのに、目を閉じると自分たちの呼吸の音しか聞こえてこない。ここがただただ深い静寂が広がっている、無音の空間であることを初めて知った。
音を探って耳を澄ます。
どんな音も聞き逃さないように。
どんどん遠くへ。
声を求めて。
『……オイデ』
はっとして目を見開いた。お互いにお互いの目を見つめ合う。
「今……」
「聞こえた……よな……」
『オイデ…コッチヘオイデ……』
声はどこからともなく聞こえてきていた。
遠くこの無限の空間の彼方から聞こえてくるような、また自分の内から響いてくるような。 顔をもう一度見合わせて、意を決して歩みだす。
足の向きは、自ずと決まっていた。ゆっくりと一歩、共に同じ方向へ、同じ瞬間に歩み出す。 手は一歩踏み出す度にかたく結ばれた。きつく、お互いを決して放さないように。
そして、刻々と移り行く色彩の中に二人で溶け込んでいった。
刻々と色彩を変えていくこの空間。数分後にはここがどこなのかすら全く分からなくなってしまう。
恐怖と不安と心細さと、そして希望を抱いて、自分たちはこの広大な虹色の中を、たった二人でさまよっていた。
『オイデ…コッチヘオイデ…』
声はいまだどこからともなく聞こえている。
その声に導かれるまま、ただひたすら前へ進んだ。
一体どこへ向かっているのだろう。
どのくらいを歩んだのだろう。
どれくらいの時が経っているのだろう。
分からない…。
そんな時、ふと二人の前に小さな光が現れた。光は徐々に近付いていき、はっきりと二人を照らしだす程に近くなる。
温かな光。
ああ、自分たちが導かれていたのはこの光だったのだ。
やっと、それが分かった。
ふわふわと、虹色が揺らめく空間の中に自分たちと同じく寄り添って浮かんでいる二つの温かな光の塊。この光に無意識のうちに心奪われ、引き寄せられてやってきた。ただただ光に魅せられ立ち尽くすばかりで、ほかの何も、その光以外の何も、それこそその時ばかりはお互いの存在さえも、見えてはいなかった。
ただ、必ず二人でなければならないのだと、教えられもしないのに必死でかたく手をつないで。
二人同時に、空いた手を光へと差し延べる。恐る恐る、怖々と。
まずは指先が光に触れて、そこから手のひら、腕、からだと、ゆっくり二人を包み込むように光は広がっていく。それは思った以上に温かく、まるで母なる海の中で波に揺られているかのようで、心地好い夢の中でまどろんでいるかのようで、何よりもそれが幸せだった。