夢幻双子
慰めるように礼依の頭をなで下ろしながらの言葉に、礼依はその通りだとショックから素早く立ち直った。氷央の言葉一つですぐにこうなるのだから単純なものである。
それを見てまた微かに穏やかな表情を見せ、それよりも、と礼依に問い掛ける氷央だ。
「由依は管理部ではなかったか?今まで管理部から夢狩りになった前例はないが…大丈夫なのだろうか…。選抜試験とはいえ実戦に近い。何の経験もないものは辛いと思うが…」
「あ…それは大丈夫です。オレが何に変えても守ってみせます。絶対二人で夢狩りになるって誓ったんですから」
ぎゅっと堅く手を握る。それは決意だった。幼い頃からずっと持ってきた決意。由依は自分が守るのだと、自分にしか守れないのだと。
「そうか…」
ふと、氷央が寂しげに遠くを見つめた。
なぜ、そんな瞳をするのか、礼依には分からなかった。
「何でもない。由依と共に夢狩りになれるといいな」
「はいっ!」
もちろんですと礼依は屈託なく笑った。
「そうだ、そろそろ戻った方がいい。まだお前の仕事は夢防りだ。仕事は真面目にこなさないと」
それをいわれると気まずいのか、ははは、と礼依は乾いた笑い。
氷央に背中を押されて仕方なく、渋々ながらに歩み出す。けれどもっと一緒にいたさそうにすぐに立ち止まっては氷央を見て。
「そんな渋ってると襲うぞ礼依!」
そこへ隣から、にやにやと笑う皇波の言葉。
「冗談じゃない!お前なんかに襲われてたまるか!!」
ギョッとして礼依は駆け出した。氷央ともっと一緒に痛いのは山々だったが、皇波にこれ以上からかわられるのは御免だった。
逃げるようにして礼依の姿はすぐに二人の前から消えていった。
「お前もそう礼依にいたずらしなければいいのだろうに…」
僅かにほほ笑みながら氷央は言った。
実際初めは、氷央よりも皇波に懐いていたように思う。それに、皇波だとて普通に立っていればだれもがあこがれるほどの存在だ。
一九〇を越える長身に、逞しい体付き。顔立ちも彫りの深い男前。性格はあまりいいとは言えないが、どこか人を引きつける魅力を持っている。皇波はそういう男だった。
「昔の自分を見ているようでつい、な」
つい、といいながら、はは、と苦笑。
「今の礼依は昔のお前そっくりだからな…」
氷央も昔を懐かしみながら言う。
あれはまだ二人とも夢防りだった時期のことだった。今思えばいい思い出でもあり、苦い思い出でもある。
「あの頃の事は悪かったって思ってるよ……」
真っ赤になりながら照れ隠しのようにぼりぼりと頭を掻いている姿に、氷央は笑った。礼依にも他の者にも見せた事のない、くすくすと声を立てた笑い。
皇波も久し振りに見た氷央のその姿に少々驚いて、氷央を見つめた。それにつられて皇波も自然と笑ってしまう。
やがて笑いが収まると、皇波は天を仰いだ。
辺りの壁は何時の間にか赤から冷たい青に変わろうとしている。
「守る…か…。あいつの双子の片割れは、どう思ってるんだろうな…」
「さあ…どうだろう…私は彼らのどちらでもないし…。彼等のことは分からない」
「どうするんだ、お前は」
「私は…何もしない。二人が今の状態で構わないと思っているのならば、私たちがなにかしたところでそれは余計なことでしかない。それに、礼依の性格ではきっと何を言っても聞かないだろうし…」
二人は礼依の去っていったほうへ視線を向けた。
試験開始まで、あと、一か月。