夢幻双子
「本当か由依!?やった!がんばろうな、由依!」
がっしりと由依の手を取って、礼依は飛び跳ねるほどに喜び、はしゃぎ回る。
由依も苦笑交じりにつられて笑った。
その時。
「あ、そだ、これ」
唐突に思い出したように礼依がまたポケットをごそごそと探り始める。
ぽんと手渡されたのが礼依のカードと同じ、一枚の白いカード。
由依のエントリーカードだった。
礼依を見ると、彼は満足そうに笑っていた。
「ほんとはそれ渡しにきたんだった。うっかりするところだったぜ」
笑って、それからもう戻らないと、とわざとらしく苦笑する。
「んじゃまた後でな、由依」
言って礼依は駆け出した。
いつもの屈託のない笑みで手を振りながら。
その背中を見送っていると、途中でぴたりと立ち止まる。
「絶対一緒になろうな!夢狩り!」
遠くで叫んだ礼依におもわず苦笑が浮かんだ。
わかっていると、はっきりとうなずいて手を振れば向こうもぶんぶんと大きく腕を振り回す。 その姿が道の向こうに消えてなくなると、由依は一つ小さく溜め息をこぼした。
手の中の書類の束が汗にまみれて皺になっていた。
由依とわかれた礼依は、最高に浮かれて軽くスキップまでしながら道を歩んでいた。色が時によって変化していく周りの壁も、丁度その心情を表しているかのようなバラ色に染まっている。
仕事時間中でもあり、礼依は人の目を気にすることなく思う存分喜びをそのまま表に出せた。ただそのせいで、その時丁度礼依の背後に小さな扉が突如浮かび上がったことに全く気付かなかった。
「なぁにそんなに浮かれてんだい、礼依ちゃんよう?」
「うぎゃぁぁっっ!!」
途端化け物にでも遭遇したかのような悲鳴をあげて礼依は背後の人物から逃れようと飛び退り、さらに離れたところで身構えすらする。
「寄るな!触るな!この害虫!!」
余りの言われように相手はかえって一瞬呆れ果てて、大袈裟に肩を竦めてみせた。
「心外だなぁ、この俺のどこが害虫なんだよ礼依ちゃん。こんなにおまえのこと愛してるのに」「そういう所じゃこのセクハラ男!!第一トップクラスの夢狩りだからってそこら中勝手に夢扉開くなっ!!」
「別にそんなの俺の勝手だろう?それよりも礼依ちゃん、これから茶でもどうだい?」
相手は礼依の台詞を全く聞いていないかのように礼依の怒りを素っ気なく受け流した上、更には口説きにまでかかってくる。ただでさえこの男とかかわるのは嫌だと言うのに、さすがにここまでくると礼依も我慢ならずにぶち切れ寸前にまで達していた。
「冗談じゃ……っ!」
「その辺でやめておけ、二人とも」
呆れた溜め息交じりの声音が、二人の間に投げ掛けられた。
一瞬怒りがそがれてはたと礼依が止まる。相手の男は、来たな、とにやつきながら礼依の背後に軽い調子で声を掛けた。
ゆっくりと、固まった姿勢のままで首だけで背後を振り返る。
「氷央…さん……っ!」
相手の姿をその目で認めた途端、礼依が耳まで真っ赤に染め上げ、おたおたとぎこちなく息場のない手を振り回しながらその人物に向き直る。
目の前に一人の青年が立っていた。
冷たい輝きの銀髪と、同じ銀色の瞳。切れ長の涼やかな目元にすっと通った鼻筋。均整の取れた体はすらりと高く、全体に冷ややかな印象が残るものの、おそらくはだれもがその姿に見とれてしまうような、そんな美しい青年。
「久し振りだ礼依。皇波が何かしていなかったか?」
「はいっ!大丈夫です!それに何かあっても打ち負かしてみせますから!」
礼依は意気込んで胸を張り、言われた皇波はまた肩を竦める。それを見て、氷央は微かに口元をゆがませただけの笑みをみせた。ただそれだけで礼依はとろけてしまいそうな至福を感じた。
氷央は、礼依が最も尊敬する夢狩りだった。だれよりも美しく、そしてだれよりも強い。
礼依がまだ生まれたてのしがない夢運びだった時、初めて見た夢狩りの任命式で氷央の姿を一度見た事があった。共に行われた夢狩り同志の立ち会いで、氷央の舞いのような技が決まる度、胸が高鳴ったのを今でもしっかりと覚えている。以来、いつか彼のような夢狩りになって、すべてを守るのだと強く願い続けてきた。
夢防りとしてこの世界の秩序を守るために彼らの下で働くようになってからも、それは変わることはなく、益々大きく膨らんでいた。
「そういえば礼依、なぜこの様なところにいるんだ。まだ仕事中だろう?まさかまた…」
「ち、違いますよ!サボってなんていません!」
氷央の言いたいことを察して、あわてて礼依は両手を振って弁解する。
「今日から選抜試験の登録が始まったんですよ。それに行ってきたんです」
証拠だと、真新しい白のエントリーカードを差し出して、ようやく相手が納得する様子。
「だが、エントリーならいつでもできるだろう。わざわざ仕事を抜けて行く必要もないと思うが…。それに、登録時間が一時間前だ。それまで一体どこで何をしていたんだ?」
氷央の鋭い指摘に、礼依は内心舌打ちした。こういう時の氷央はなまじほとんど表情がなく、何を考えているのか分からないだけに恐ろしい。それに常に何も彼もを見透かしているかのような氷央に言い訳が通るはずもなく、仕方なく礼依は素直に答えた。
「一番にエントリーしたかったんです。あと、帰りは由依のところにいってました。エントリーカード渡しに…」
「え、由依ちゃんも出るのか!?」
と、突然脇からすっとんきょうな声が割り込んだ。今まで脇で二人のやり取りを黙って傍観していた皇波である。
「とすると、ますます夢狩りになった後が楽しみになってくるなぁ。性別なしの今でも十分かわいいけど、夢狩りになって性別が与えられれば二人とも文句なしの美女になるぞきっと」
ニヤリと顎に手を当てて不気味な笑みを見せる皇波に、全身に鳥肌が立つほどにゾッとする。「じょ、じょうだんじゃねぇっ!!オレだけじゃなく由依にまで手ぇだすなんて絶対許さねぇぞっっ!!第一オレは夢狩りになったら男になるんだ!そんで!絶対に貴様よりもでかくなってやるんだ!!」
ぜいぜいと肩で息をして、指先を皇波に向けて突き付けた。
皇波も氷央も二人ともぽかんとそれを見つめていた。
「皇波よりもでかく……か……?」
氷央の視線が礼依から皇波へと移動して、彼の体を下から上へと見上げた。
皇波は、身長一九〇以上もあるような、熊のような屈強な大男だった。それを越すとなると、身長二メートルもの大男になってしまう。しかも、礼依のような細身の、今ですらやや女性的な雰囲気に近いようなものすらあるような夢渡りがだ。
その姿を思い浮かべてしまって、二人は同時にぞっとした。
「やめておけ、礼依。お前には似合わなすぎる…」
「え……そう…ですか……?」
普段ほとんど表情のない氷央にすら少し青い顔でぽんと肩に手を置かれてそう言われて、意気込んでいた礼依もさすがにやや不安な面持ちで氷央を降り仰いだ。
氷央にまでそう言われてしまえば、そんなに似合わないだろうかとショックで落ち込んでしまう。
「まあどうなるかは夢使い様の意思だ。なってみないことには分かりようがない」