夢幻双子
「由依は…俺と同じだったんだって…気付きました。いや…オレなんかよりもずっとずっと長い間……。それでもオレのことを好きだっていってくれた……。なのにオレは……」 最後の方はもはや声にならなかった。
オレはそれなのに由依を…。
「オレはどうすれば良かったんでしょうか……夢使い様…。オレは……っ」
『君はなぜ自分が「女」になったのか分かるかい?』
自分が「女」になった理由…?
突然なにを言い出すのだろうと思った。
でもそれにすぐに気付いてしまう。
今なら、気付ける。
「俺がもし…「男」であったなら、俺はきっと一生由依の気持ちに気付くことはなかった…。自分の弱さにも気付かなかったかもしれない…。自分は強いものだと思い込んで、余計に由依を苦しませていたかもしれない…」 だから。
『由依が好きかい、礼依』
夢使いの問いに、しっかりと礼依は頷いた。 ただ自分にあるのはもう、由依が好きなのだと、只それだけしかなかったから。
『安心したよ、礼依。君なら大丈夫だ』
すい、と夢使いの手が右目に伸ばされた。『この夢器は由依がいなければ本来の力は発揮できない。そのかわり、由依さえ側にいるなら君はだれよりも強くなれる可能性だってあるはずだよ。君達は本当の意味で、二人で一つの存在なんだから。それをしっかり覚えておいで。礼依』
夢使いが穏やかな笑みを見せて、礼依に手を差し延べた。
どういう事なのか分からず、夢使いを見つめる。
『行ってあげなさい。由依は無事だよ、礼依』 由依が、無事。
只それだけの、たった一言の言葉に、こんなにもたまらなく胸が詰まる。
なんとも言えない感慨。
恐る恐る手を取る。
手を引かれて、導かれて、そこから一歩、踏み出す。
辺りが徐々に鮮やかな色に染まっていく。 そして、鮮やかな明るい空間が目の前に広がっていった。
ふわふわと、夢の世界でさまよっている感じ。
夢渡りは夢を見ることはないはずなのに。 不思議。
辺りは真っ白で何も見えないし、何もない。 そう言えば、礼依はどこへ行ったんだろう。 模擬戦をしていて、突然光に包まれた。
そして……そして……。
『由依』
突如名を呼ばれて、振り返る。
今までだれの姿もなかったはずなのに、そこに一人の青年がいた。
「夢…使い…様…」
直感でそんな気がした。
『そうだよ、由依』
穏やかな微笑み。
「…僕は…死んだんでしょうか?」
その微笑みが、悲しそうに歪む。
たしかあの時、自分は礼依の攻撃を受けたのだ。
『君は生きているよ。ここは私が作った夢の中だ』
そうか、と由依はうつむいた。
『礼依が憎いかい、由依』
咄嗟に首を降った。
憎いわけがない。
むしろその逆。自分は何をされても、礼依が愛しい。その愛しい礼依を、そこまで苦しませてしまった自分が許せないだけ。
そして、礼依にそこまで憎まれてしまうことが、恐ろしくもある。
「今回のことで、礼依も昔の自分と同じだったんだって気付きました。あの頃、僕は礼依に守られることが嫌だった。礼依も同じ。ううん、礼依のほうがずっとその思いが強かったはずなのに…。礼依の今の苦しみを、自分が一番よく理解していたはずなのに、それに気付けなかった…。そんな自分が許せないんです」
きつく握り締めた手の指先が、血の気がうせて白くなっていく。
『礼依に会いたい?』
「許されるなら…ちゃんと礼依に会って謝りたい……」
夢使いが、また穏やかに笑っていた。
『一つ君に教えておこう。君の夢器は発動しなかった』
なぜだか分かるかい、と問われて一瞬考える。
「やはり僕には力がないからですか?でも、それだとなぜ僕がこうして夢狩りになれたのか…」
『そう…だね。たしかに君に本来夢狩りになれるだけの力はないかもしれない。でも、それはこの事には大して関係はないんだよ。君は君に力があろうがなかろうが、夢狩りにならなければならなかった。礼依と共に、必ず夢狩りにならなければならない必要があったんだ。君でなければならない理由がちゃんとあったんだよ、由依。だから夢器も君を認めた』
君達は共にあらなければならないものなのだから。
それはいったいどういう事。
二人でなければならない理由とは、一体。『君達はだれよりもお互いを信頼していたはずだろう?』
心のどこかに、すべてを吹き飛ばすほどの風が吹いた気がした。
信頼。確かに、その意味では礼依以上の存在なんてこの世にいるわけがない。他のだれよりも、礼依だったら強く信頼できる。
『それが君達の夢器にはなによりも必要なんだ。君の夢器は礼依がいなければ発動しない。君達がお互いを拒絶してしまえば決して夢器は発動しないんだよ。でも、そのかわり礼依さえ居れば、君は礼依と同等の力を得られる。君達の力の源は、本来は同じなんだ。そう、本当の意味で君達は二人で一つ。そしてどっちのも優劣なんてつけられない存在なんだから』
夢使いの穏やかな笑みが、自分を送り出すようだった。
行っておいで。
そう言われた気がした。
ただの真っ白い空間に、明るい光が徐々に広がっていく。
浮き上がる感覚。
なんとなく予感がしていた。
あれからもうすぐ一日が過ぎようとしている。
由依は自分の部屋で昏々と眠り続けていた。 礼依は眠り続ける由依の側で、ずっとつきっきりで由依を見守っていた。
白い包帯が由依の体を取り巻いている。所々、血が染み出して赤黒く染まっていた。自分が追わせた怪我は、下手をすれば命にも関わるものだったのだと言う事を、改めて思い知らされた。
どんなに苦しかっただろう。肉体的にも精神的にも。
なのに由依は数刻前から穏やかな寝顔を見せていた。いっそ死んでしまっているのではないかと思うほどに穏やかな寝顔。もうこのまま目覚めないのではないかと思うような…。「ん……」
薄い瞼が震えた。
どきりと、心臓が跳ね上がる。
由依が目覚める安堵と、そしてもしかしたら拒絶されるかもしれないということへの恐怖。
「あ…おはよう、礼依」
いつもの、台詞だった。そしていつもの穏やかで温かな由依の微笑み。
由依の白い手が礼依を求めて差し延べられる。
恐る恐るそれを取った。
とてもとても、何よりも温かかった。
「ゆ…い……由依……っ!」
言いたい事が出てこない。
ただただ涙と嗚咽があふれるばかり。
すいと、由依の包帯に巻かれた白い手が礼依の頬に触れ、あふれる涙をすくい上げる。「オレ…っ、夢使い様にお願いしてこの力封じてもらう!もう絶対に由依を傷つけることがないように!でも、でも……由依にこんなことしておいてあつかましいかもしれない。でも、オレこれからは由依の足手纏いにならないようにがんばるからっ!だから……だから…」
これからもオレの事を見捨てないで、側においてほしい。
「礼依、僕を怒らせるつもり?」
言葉とは裏腹に、声音は穏やか。
見ると、由依がわざとらしく怒ったような表情をつくっている。
思い切り強く、礼依は首を横に振った。
すると由依が今度は笑った。穏やかな笑みだった。