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SEAVAN-シーヴネア編【未完】

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 そう、軽口交じりで残していったあの男の名。セリエンは会っていないはずなのに、なぜ分かるのか。
「彼は何者なの?」
 なぜか、急に声が震えた。
 対してセリエンは、相変わらず、
「私と同じ穴のムジナです」
 そう、そっけなく答えただけ。
 どういう意味なのだろう。
 けれどセリエンは、自分に付け入る隙を与えさせず、踵を返す。
「お支度が終わり次第、謁見の間にお越しください。先ほどの件で、お話がございますので」
 クリスタルの扉がセリエンの前に道をあける。
 規則正しい足音がきっちりと3度。その直後、セリエンの姿はクリスタルの向こうに消え去り、シーヴァネアは訳のわからないまま一気に四肢が緩んで床にへたり込んでいた。
 しばらくして我に返ったのは、フィエラに肩を揺さぶられて。
 本当に心底心配してくれている様子のフィエラが目に入って、慌ててシーヴァネアはその場を取り繕った。
 でも、フィエラに身支度を整えてもらっている間もあのザフォルと言った男の姿とセリエンの姿が頭から離れず、そして指先に微かな震えが残ったままだった。
 
 謁見の間へと、シーヴァネアは向かっていた。
 最上階にある自室からの直通の昇降機で、下へと降りる。この数十秒ほどの時間が、常にシーヴァネアにとっては苦痛でしかなかった。謁見の間にいけば、国のいけ好かない重鎮達も出張ってくるからだ。彼らと会うことは、苦痛以外のなにものでもなかった。
 だが今日は、重鎮達の陰気な顔を見るときにいつも感じる気だるさとか、緊張とか、そういったものとは別の、恐怖にも近い感情に包まれていた。
 謁見の間で、話があると、セリエンは言っていた。フェルディアスを落とすという件に関しての話だという。
 一体、セリエンは何を考えているのだろう?
 セリエンが分からない。
 一度、否定したように見せかけて、まだ話しがあるなんて。
 元々得体の知れないところはあった。千年も生きてこの国を支えているだけあって、余人には理解し得ないところは多い。
 でも、謁見の間を使うからには、誰かと会うことになるのだろうか。
 誰と?
 まさかザフォル=ジェータと?
 もしかしてあの二人は自分を陥れるために組んでいたとか?
 何のために?
 先ほどから感じていた得体の知れない二人への恐怖の上に、これから自分はどうなってしまうのか、何をさせられることになるのか。そんな先の見えない不安が覆い被さる。
 逃げ出してしまいたい。
 もう、こんな自分の考えの及ばない世界から飛び出して、どこか遠くへと飛んでいってしまいたい。
 けれど、切羽詰った心臓が一層鼓動を激しくした側から、謁見の間への到着の合図が、昇降機の中に響いた。
 クリスタルの扉が音もなく消え去る。
 一斉に光が空間いっぱいに広がった。
 クリスタルごしに入り込んだ太陽の光が、謁見の間を満たしていた。
 シーヴァネアはしかし、その光の中へと踏み出せなかった。昇降機の中に居座り、その身を精一杯縮めていた。
「陛下」
 静寂に包まれた中に、抑揚の薄い低音が響いた。
 びくっと、シーヴァネアは肩を震わせ、反射的に顔を上げた。
 目の前にセリエンが立っていた。
「こちらへ」
 セリエンに手を差し伸べられて、ギクシャクと油のきれた機械人形のような動作でようやくシーヴァネアは玉座へと向かう。
 そこでようやく、シーヴァネアは一度に100人近くは収容できるその空間を見渡した。
 だが、そこに予想していた顔ぶれは無かった。いつもいやみたらしい大公爵も、口うるさい大臣たちもいない。ただいるのは、中央に敷かれた絨毯の上で跪いて畏まっている、見たこともない若い青年がたった一人。
 呆然としながら、シーヴァネアは玉座にすとんと腰を下ろした。足から力が抜け落ちたようだった。いつもなら座ることさえ恐る恐るなのに、それすら忘れていた。
 どういうことだろう。これは。
 自分と、セリエンと、見知らぬ青年だけの謁見。危惧したザフォルの姿さえ何処にも無い。
 心も、さっきまで不安でいっぱいだったのに、今は拍子抜けしたせいで妙に落ち着いている。
「陛下、彼の者はリンゼルと申しまして、3年程前にクーリー神聖国へ国費で留学させた者でございます」
 セリエンがそう紹介する。
 リンゼル。その名前に、シーヴァネアは心当たりは無かった。だが、3年前のことなら当然か。シーヴァネアが王位に就いたのは、前女王が逝去した2年前。その頃のことを知っているわけが無い。特に、単なる国費留学をさせた学生というならなおさらだ。
 だがまあ、とりあえずセリエンが会えというのなら会ってみなければいけない。
 シーヴァネアは跪く青年に、顔を上げるように言った。
 そうしたら。
「お、お初にお目にかかります、女王陛下! リ、リンゼル…! わ、をっ、ぎゃ!」
 奇声を発し、顔を上げようとしただけなのになぜか青年はぐるんぐるんと回って、シーヴァネアの足元にまで転がってきた。そして。
「ど、どうも〜、リ、リンゼルです〜」
 分厚いメガネを顔に斜めがけにして、えへっと彼は笑った。
 シーヴァネアは二、三度目を瞬かせた。
 これはいったいどうしたものか。
 無礼なと怒ってみせればいいのか、それとも慈愛をこめて優しく手を差し伸べてやればいいのか。
 戸惑っている間に青年は自分で立ち上がり、メガネを外してそそくさと元の位置に戻っていく。そして、何事もなかったように青年は再び口上を述べ始めた。
「大変失礼致しました、陛下。私はリンゼルと申します。こうして陛下にお目にかかれることを光栄に思います」
 それは、まるで先ほどとは全くの別人だった。先ほどのようにどもったりもせず、また先ほどのようなわけのわからない挙動もない。
 むしろ場慣れした品のよさが、その毅然とした言動の中に表れていて、いかにもな社交家のように見える。
 そんなリンゼルの変貌ぶりに、またまたシーヴァネアは戸惑った。これはいったいどういうことなのかと、助けを求めてセリエンに眼差しを向けるが、セリエンは相変わらず微動もせずに傍らに立っているだけ。
「陛下、実はぜひとも陛下のお耳に入れて頂きたいことがございまして、こうして宰相殿に無理をお願いいたしました」
 リンゼルの申し出に、シーヴァネアは視線を戻した。
「フェルディアス帝国における、陛下の民の現状をご存知でしょうか」
 率直な視線がシーヴァネアを見据えていた。その茶褐色の双眸には、どこか憤りがこめられているように思える。
 なぜ、そんな視線を向けられなければいけないのか、シーヴァネアには理解できなかった。
 リンゼルが言うフェルディアスは敵国であって、そこに自分の民がいるわけはない。まるっきり管轄外の事のはずだった。
 けれど。
「陛下はこの国の主であると共に、シーヴァニス全ての主であると私は思っています。いいえ。シーヴァニス全てがそう思っていると言っても過言ではないでしょう。あなたは我らの女神でもあられるのですから」
 責を問うような口調。シーヴァネアは気が付くとリンゼルから視線を外していた。
 リンゼルの言葉は、シーヴァネアに重くのしかかった。