小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

SEAVAN-シーヴネア編【未完】

INDEX|5ページ/11ページ|

次のページ前のページ
 

 だからなのか、しきりに辺りをうかがったり、時折すれ違う女官や侍従にびくついたりと、落ち着かない様子を見せている。それが逆に女官や侍従の目を引いていることに気付いていないのだろう。
 フィエラは真っ直ぐ宰相の執務室に向かっていたが、その途中にちょうどフィエラの方へ向かってくる幾人かの女官たちと出会った。
「フィエラ、おまえなぜこのようなところにいるのですか」
 先頭にいた女官の一人が、フィエラを見て呼び止めた。顔を上げたフィエラが見たのは、フィエラを見下す女の強張った顔。
「これは、女官長様…」
 慌ててフィエラは頭を下げた。
「お前の仕事は陛下の御身のお世話だったはずですよ。なぜ、このようなところにいるのです」
 苛立たしげな口調で女官長は早く持ち場に戻れと命令する。だが、そのときフィエラの腕に抱かれた書状に女官長は気が付いたらしい。
「フィエラ、その書状はなんです?」
「女王陛下より、宰相閣下にお渡しするよう、仰せつかりました」
「閣下は現在外出中です。私が預かっておきましょう」
 女官長の手が、フィエラの持つ書状に伸ばされる。
 だが、それをフィエラは身を引いて拒んだ。
「いえ、私が陛下に仰せつかったものです。私がお渡しいたします」
 頑ななフィエラの態度に、女官長は頭を抑え、嘆息をついた。
 背後の他の女官たちからも、失笑が零れた。
 やはり下級商人の娘だわ、とか、これだから身分の低いものは、などという嫌味が降ってくる。
 それらにフィエラは、唇を噛みしめて耐えた。自分の身分が低いのはわかりきったことだが、ここでそんなことを引き合いに出される筋合いはないと思う。
 女官長の手がそうしている間も書状を渡せと迫ってくる。
 だが、あくまでフィエラは書状を手放そうとはしなかった。
 やがて周囲は苛立ちに包まれる。
 ちょっと来なさいと、女官長の手がフィエラの腕を引いた。
「何事だ」
 そのときだった。
 落ち着き払った声が、その場に割って入った。
 一斉に、皆が振り返る。そして同時に彼女らは皆慌てて跪いた。
 まるでこの水晶宮の姿そのままのような瞳が、真っ先に目を引いた。
 それから、整いすぎて彫像のようにすら思える秀麗な顔立ち。長い手足の仕草一つ一つを取っても一切の無駄がない。
「たいしたことではございません。宰相閣下」
 女官長が言ったその一言に、フィエラは我に返った。
「あの、宰相閣下!陛下から書状をお預かりしてまいりました」
 やや興奮気味で、フィエラは訴えた。ほとんど叫んでいると同じだったかもしれない。
 女官長を含めた女官たちが、ぎょっと眼を剥く。
 だが、宰相セリエン=クルーズの表情は一切変わらなかった。不快になるでもなく、相変わらずの無機質な彫刻のような顔が、そこにあるだけで。
 フィエラはどきどきと打ち鳴らす胸の鼓動だけを聞きながら、セリエンの前に書状を差し出す。
 セリエンは無駄のない所作でそれを受け取った。
 それから書状を懐に収め、踵を返す。
「フィエラと申したな。そなたもついて参れ」
 そう、命じられ、フィエラは慌てて立ち上がった。
 呆然とした女官達だけが、そこに残された。
 踵を返すセリエンにフィエラは従う。ふと見ると、もう一人セリエンのあとに続く者がいた。大きなカバンを大事そうに抱えているのと、その服装とで旅行者なのだということは分かる。が、分厚いメガネをかけ、頭は坊ちゃん刈りと、その風貌はどう贔屓目に見ても冴えない。
 それでも宰相自ら出迎えに出るということはよほど身分の高い人なのか。
 フィエラは、いったいこの青年はどういった人間なのだろうかと密かに思い巡らせながら、セリエンと客人の後に従った。
 それからほとんどたたないうちにセリエンの執務室にたどり着く。客人も隣の応接間ではなくそのまま執務室の中へと招かれた。フィエラはあまり本宮の中のことは知らないために、このことに何の疑問を持つことなく、共に執務室の中に入る。
 そこでフィエラは唖然とした。
 中央に設えたどっしりとした机は、天板が見えないほど白い紙の束で埋め尽くされていた。それだけではない。机の脇のもう一つのテーブルも、壁際の戸棚の上にも、それでも間にあわずに、最高級の革張りのソファの上にまで人の代わりにどっかりと居座っている。
 しかも、フィエラが入ったすぐ後からまた更に山のような紙束を抱えた役人の一人が大慌てで入ってきて、セリエンの指示で最後のソファの上にそれを置いたかと思うとまた大慌てで去っていった。
 セリエンはそんな中でも落ち着き払った無駄のない動きで執務机の前に座り、先ほどフィエラが渡したシーヴァネアからの書状を広げる。その字面を追う視線の速さに、またフィエラは驚いた。フィエラにしてみればほぼ一瞬で文面を読み終わったセリエンは、書類の束の向こうからフィエラに視線を向ける。
「ご苦労だった。それで、これを見たときの陛下のご様子はいかがだった」
 セリエンのガラス玉のような瞳に見据えられて、フィエラはおたおたとうろたえる。
 だが、どうにか気を取り直してフィエラは自分が見たままのことを伝えた。
「陛下は、何かに脅えておられるように思えました。何には分かりませんが、こう、ご自身のお顔を覆うようになされて…」
 伝えると、セリエンは僅かに何か考え込んだようになる。それから机の引出しを開け、中のベルで隣から人を呼び出した。
 現れた壮年の男にセリエンは客人の世話を頼み、謁見の間に案内するよう伝える。
「すまないな。リンゼル」
 宰相に詫びを言われた客人は、メガネの奥でおかまいなくと間延びした声で笑って、去っていった。
 フィエラは、リンゼルという名なのかと妙に客人の名に納得しながらそれを見送った。
「陛下は今どちらにいらっしゃる?」
 それが自分に向けられたことに、フィエラはしばらく気付かなかった。
 やがて部屋の中には自分しかいないということにようやく気付いて、フィエラは慌てた。
「お、お部屋の方にいらっしゃると思います……」
 そう答えた直後、書類の束の合間からセリエンの長身が再び現れた。
「すまないが、共にきてもらえるか」
 再びそう言われて、フィエラは何かまずいことでもしたのだろうかと内心ひやひやしながら何も言わないセリエンの後に従った。
 前を行くセリエンの足音は、恐ろしいくらいに正確だった。
 更に、セリエンが進む各所で侍従、女官、全てが実質的な国の最高権力者に頭を垂れていく。
 そして更に、その全てが従うフィエラを見て怪訝な目を向けていた。おかげでフィエラは先ほどからずっと顔を上げることができない。
 俯きがちになり、早くこの時計の秒針みたいな足音と視線の嵐が過ぎ去りはしないものかと、そんなことばかりフィエラは考えていた。
 ようやくその片方、侍従と女官の視線がなくなったのは、女王の寝所である最上階に近くなってからのことだ。
 この辺りには、今現在フィエラ以外の女官は詰めていない。前の女王の頃には最低でも十人、それもフィエラのような下級商人の出身ではなくれっきとした貴族の出身の者ばかりが控えていたそうだが、今の女王はそれを嫌っていた。