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SEAVAN-シーヴネア編【未完】

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 風にさらわれる髪が、キラキラと太陽の光に照らされて輝く。上等の絹を熟練の職人が寄り合わせたような銀色。見上げて重なりあった瞳も同じ色だった。銀色のまつげに縁取られた瞳が、まるで宝玉のよう。
 見つめていると、次第に空気が常よりもゆったりと流れていくような錯覚を覚え、まどろみの中に引きずり込まれそうになる。
 だが、その揺らめきは一瞬だった。
 強く腕を引かれ、シーヴァネアはたたらを踏んだ。
 いきなり何をするのだと声を上げようとすると、真っ白な布に視界を遮られた。
「いや、もうしわけありませんね。こいつは私の見習いなんですが、ちょっと目を放した隙にこんなところまで来てしまっていて」
 視界を遮る白衣を押しやると、男が船主に対して頭を下げる。
「ご迷惑をおかけしたのなら、この通り反省させますので見逃してやってはくれませんか」
 と、シーヴァネアの頭が押さえられ、無理やり頭を下げさせられた。
 その拍子に首がぐきっと嫌な音を立てたが、今はこの男に合わせていた方が得策だった。
「いや、別に迷惑ではないのだがね」
 船主も、既に男の調子に乗せられている。何か言いたそうではあったが、その声は喉の奥でくぐもった。
「そうですか。それならよかった。では、私達は急ぎますのでこれで」
 男が急転換して船主達から遠ざかろうとする。
 再びシーヴァネアは強く腕を引かれて、半ば転びそうになりながら男の後を追った。
 背後からはまだ船主達の視線が背中に突き刺さっていたが、負ってくる気配はなく、シーヴァネアは得体の知れない男に連れられながらも、ひとまずほっと胸を撫で下ろした。
 だが、しばらくして船主達の姿が見えなくなっても、男は腕を放そうとしなかった。しかも、次第にその足は港の倉庫群の奥へ奥へと向かっていく。
 シーヴァネアは次第にこの得体の知れない男に焦りを感じ始めていた。
「あ、あの!」
 とにかく止まってもらえないものかと男に呼びかけるが、男の反応はない。
 ますます男に対する危機感が膨らむ。特にここは倉庫群の奥の奥。まさかとは思うが、相手が自分の正体を知っていたら。そしてこのまま立ち並んだ倉庫の一つに押し込められでもしたら。
 そんな考えに至った瞬間、どっと不安が押し寄せた。もし相手が敵国フェルディアスのスパイや何かだったとしたら。そうでなくても、国内の反対勢力の手先だったりしたら。
 考え出すと、不安材料はシーヴァネアの中にいくらでも転がっていた。
 そんなときだった。いきなり男が足を止めたのは。
 考えに沈みこんでいたシーヴァネアは、とっさに回避できずに男の背中に顔面を殴打した。
「いひなりほまらなひで…!」
 つぶれた鼻を押さえながら訴えると、見上げたそこにまたあの銀色の瞳。再びあの揺らめきが襲ってくるのかと、シーヴァネアははっとして身構えた。
 もしかしたらあれも精神を操る魔法の一種なのかもしれない。そう思ったのに、降ってきたのは子供のように屈託のない笑みだった。
「こんなところからでも、見えるんだな」
「は?」
 身構えかけたのに全く違うものが降ってきて、シーヴァネアは調子の外れた声を上げていた。
 だが、男は気付いていないのか、とっさの失態に赤くなるシーヴァネアのことなどは気にも止めず、倉庫の合間を見上げる。
 そこには、このメレンデ女王国が誇る華麗なる王城の尖塔が見えていた。太陽からの光がクリスタルの断面に煌く様がここからでもよく分かる。
 女神の水晶宮。メレンデの宝珠。呼び名はいくつもあるが、どれもメレンデの民ならずとも誉めたたえる意味でわれる。
 その主となっているシーヴァネアとしては、むしろそんな呼び名も芸術品のような居城も、重いだけなのだが。
「さてと、実はあなたに頼みがあるんだ、女王陛下」
「頼み?」
 ふと、自然に反応してしまってからシーヴァネアは気が付いた。
 男が、自分のことを呼んだ名。
 男は悪戯をする子供のように、ぺろりと舌を出してみせた。
 一瞬、全ての機能が麻痺したのではないかとさえ、シーヴァネアには感じていた。
 シーヴァネアは身構えた。
 心音が体内で響く周期が、徐々に早まっていく。サンダルが石畳を擦り、合間に入った砂が音を立てる。
 幸い背後は今来たばかりの道で、退路は絶たれていない。道順も入り組んではいるが記憶している。タイミングさえ見誤らなければ、逃げられる。シーヴァネアは確信した。
 不意に男が懐に手を差し入れた。
 まさか銃か。
 予測できた範囲だが、警戒していなかった自分の愚かさをシーヴァネアは内心罵った。
 だが、もし銃だとしても近場の倉庫に上手く駆け込めればどうにかなるかもしれない。ようはあの射程を封じてしまえばいい。
 そうすると、逃げるならまだ相手が獲物を抜ききっていない今。
「まあ、そう身構えなさんなって」
 シーヴァネアは息を呑んだ。
 意識を背後に向けかけた一瞬だった。
 背後に移動しかけた意識が途中で止まってしまったことによって、そのまま背中から重力に引き寄せられそうになる。それを必死でこらえる膝は、微かに震えていた。
 真後ろに人間一人分の気配と、背中から伝わってくる体温と肉感。頭上からは低い響きが後頭部に伝わり、ふくらはぎには時折風に揺らされる白衣の裾が掠める。
 そして目の前には、つい一瞬前まであったはずの男の姿は既になかった。
「安心しな。取って食うつもりはねーから」
 背中越しの声にまぎれ、何かがこすれ合う音と着火音が空気を伝わる。すぐ後に男が深く息を吸い込み、吐き出す気配。やがて白い煙と煙草の臭いが緩い風によって運ばれてきて、シーヴァネアの鼻腔を掠めた。
 男が取り出したのは、拳銃ではなく単なる煙草でしかなかった。
 しかし、そうと分かってもシーヴァネアの膝から震えは消えなかった。
 安心しろと言われても、無理だ。男の動きを、シーヴァネアは捉えることができなかった。
「あなたは、何者…」
 やっとのことでシーヴァネアはその問いを口に出した。男は、シーヴァネアとは逆にけろりとして答えた。
「通りすがりの大魔法使いさ」
 と。
 再び僅かな煙草の煙が、シーヴァネアのもとに流れてくる。それが空気に溶けて完全に消え去ったとき、シーヴァネアは再び口を開いた。
「わかりました。貴方の話を、聞きましょう」
 逃げることは無理だった。男が冗談のように自分で大魔法使いだと言ったが、それは冗談ではないのだろう。もし冗談だとしても、シーヴァネアには理解し得ない力が男に働いていることは間違いなかった。
 シーヴァネアは指先に僅かな震えを残し、男を振り返る。男はにっこりとその整いすぎた顔に柔和な笑みを浮かべていた。
「さすが女王陛下。話が早い」
 男がシーヴァネアの強張った肩を引き寄せる。
 そしてそっと耳打ちした。
「実は、あなたにフェルディアスを落としてもらいたいんだ」
 と。
 
 フィエラはメレンデ王宮の本宮の中を歩いていた。腕の中には、今朝シーヴァネアがしたためた水読みの結果がきつく抱きしめられている。
 これを宰相に届けてほしいとシーヴァネアに命じられ、フィエラは使命感に燃えていた。