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SEAVAN-シーヴネア編【未完】

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 だが、シーヴァネアは苦笑いを浮かべてそれを丁重に断った。いずれまた機会があったらと、ちゃんと約束はして、波打ち際から乾いた砂の上に上がる。踏みしめる砂の感触も、今は懐かしい。
 やがて、歩いていたシーヴァネアは気が付くと砂浜を駆け出していた。砂を蹴って、打ち寄せる波を撥ね上げて、騒々しさで満たされた港の方へと走っていく。
 防波堤を越えると桟橋がまばらにだが現れだし、もうしばらく行くと密集した桟橋と小船、それからいくつもの荷蔵が並びだす。その頃にはすでに港に泊まる魔力機関船の姿がずっと大きくなり、荷運びの喧騒もすぐ間近になっていた。
「さてと、今日は何処へ行こうかな」
 最新の魔力機関船でも見てこようか。それとも、近くの漁師さんに最近の海の話題でも聞いてこようか。それとも、ここから街の中に入ってのんびりと市中見物でもしていこうか。
 やがて、シーヴァネアは目的地を決めて再び港の石畳の上を走り出す。
 今日は船着場で荷運びのおじさんたちを手伝いながら世間話でもしようと決め込んで、大きな船の船体を目指した。
 
 
 駆けて行くシーヴァネアの後ろ姿を、男は微笑ましく思いながら見送っていた。
 城の中で物憂げな表情をみせていた時とは打って変わって、今のシーヴァネアは活き活きとしている。
「セリエンはこいつを分かっているのかねぇ」
 ぼりぼりと銀色の頭をかきながら、男はひとりごちる。
 思い浮かべるのは、常に涼しい顔をした金髪の青年だ。感情の機微などとても理解できなさそうな、硬質なイメージ。
 だが、だからこそこの国の宰相などというものを、1000年以上の永きに渡って続けられているとも言える。通称、死なずの宰相閣下。
「こりゃ、今回も俺様の出番かね」
 男はにやりと口元を吊り上げると、白い白衣を閃かせて踵を返した。
 高い倉庫の屋根から、振り返るとそこに足場はない。
 しかし、男はふわりと体を宙に浮かせたかと思うと、次の瞬間にはその周囲のどこからも姿を消していた。
 風だけが何事もなかったように吹き抜ける。
 新たに入ってきた古い蒸気船が、ボーっと汽笛を鳴らした。
 
 
 シーヴァネアが魔力機関船のもとにたどりついた頃には、すでに荷の積み下ろし作業が始まっていた。
 ちょうど隣の埠頭にも蒸気船が入ってきて、これから更に忙しさが増すというところ。港全体が活気に湧き、忙しさが辺りを支配する。
 様々なリフトが動き回り、荷を船から下ろす。下ろされた荷は仕分けされてそれぞれを幾人もの荷運びが運んでいく。
 両肩に大きな木箱を担いで駆けて行く男。小さな荷物を荷車に積んでいくまだ幼い少年達。運ばれてきた荷物を荷蔵の中に納めていく壮年の親方。
 シーヴァネアは、そんな中を邪魔にならないように歩く。途中税関の役人が船主らしき男と荷の調査をしているところに出くわして、慌てて物陰に隠れた。が、たとえ見つかったとしてもこんなところに自国の女王がいるなど、誰も思わないだろう。そのことに気が付き、シーヴァネアはほっと胸を撫で下ろす。
 それから、今度は堂々と役人の前を通り過ぎようとして。
「おい、そこのお前!」
 突然背後から浴びせられた声に、シーヴァネアの背筋が一瞬で垂直になる。
 まさか、気付かれてしまったのか!?
 でも、こんな税関の下級役人が女王の顔なんて知っているはずがない。よしんば知っていたとしても、今はそこらによくいるような少年のなりだ。だれも、同一人物だなんて思わないはずだ。
 シーヴァネアはそう自分に言い聞かせ、今にも喉から飛び出しそうな勢いの心臓を宥めた。
「は、はい。なんでしょうか、お役人様」
 なるべく気に留められないように平静を装って、シーヴァネアは振り返った。
 するとやや小太りの役人は、むっつりと偉そうな態度をみせて、シーヴァネアの前にふんぞり返る。
「そこから先は立入り禁止だ!触れ書きが出ていただろう!」
 指し示すのは、シーヴァネアがいる位置よりも少し戻ったところに立てられていた札。よく見れば、たしかに立ち入るべからずと書いてある。
「今日はこれから宰相閣下がおいでになるのだ。貴様のようなガキはさっさと立ち去れ!」
 まるで犬か猫でも追い払うような仕草で、役人は手を払う。もし相手が女王だと知れば、震え上がるに違いないだろうに。
 だが、シーヴァネアはそんな男のことは完全に無視をした。男のことなどどうでもよかった。
 どうでもよくないのは、男の台詞の中に出てきた宰相の名。
 このメレンデで宰相と言ったら一人しかいない。死なずの宰相。表立って言う人間はいないが、メレンデの真の主とも言われている。
『まさか、あのセリエンが来るだなんて!』
 こんな小役人ではシーヴァネアの顔など知らないが、宰相が出てくるとなれば話は別。おそらく港に来るのは宰相だけではなく他の重鎮達も出張ってくるのだろう。そんな人間達に万が一見つかったら大変なことになる。
 それよりもなによりも、その宰相、セリエン=クルーズに見つかってしまったら…。
 そのときの様子を想像した途端、シーヴァネアの表情から血の気の一切が消えた。
 とにかく、こうなってしまっては見つからないうちに城に戻るしかない。
 シーヴァネアは背後で小太りの役人が無視されてわめいていることにすら気付かないまま、急いで踵を返して駆け出そうとした。
「待て」
 そのとき、無情にも再び声はシーヴァネアを呼び止めた。
 小役人の声ではなかった。それよりももっと落ち着いた、ドスのきいた声だ。
「まだ、なにか…?」
 シーヴァネアは再び振り返った。
 呼び止めたのは、もう一人の船主らしき男の方だった。
 髭を生やした壮年の男で、黒髪のそこかしこに白髪が混じり始めているが、その目の中には狡猾さと野心が蠢いている。
 シーヴァネアは、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「貴様、どこかで私と会ったことはないか?」
 そう告げる男の顔を、シーヴァネアは記憶の中から手繰り寄せる。
 そしてぶつかったのは、今年の初めに王宮に挨拶にきた船主組合の代表の顔。
 それを思い出して、シーヴァネアは更に真っ青になった。
 船主の男が、シーヴァネアに近づいてくる。髭に覆われた口元はきつく結ばれ、眉間には皺。履いているブーツの踵は石畳を踏みしめ、シーヴァネアに向かって高く音を響かせる。
 シーヴァネアは迫ってくるその音と存在に、次第に気圧され始めていた。
 気が付くと、足元は一歩ずつ後ろに下がり、視線は無意識のうちに逃げ道を探っている。選べる道は二つ。前か後ろかのみだ。
 前は、荷物の山と迫ってくる船主。そして後ろは宰相が来るという隣の埠頭。
 どっちも逃げるには悪い。果たしてどちらへ行くか、シーヴァネアが選びあぐねていたときだった。
「おお、こんなとこにいたのか探したぞ」
 突然真後ろから投げかけられた呼びかけ。シーヴァネアは反射的に背後を振り返った。
 直前まで、何の気配もしなかったそこには、男が一人立っていた。