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SEAVAN-シーヴネア編【未完】

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 お辞儀をしつつ、去り際にフィエラが尋ねた。シーヴァネアは首を横に振りかけて、ふと一つ思い出す。
「そういえば、今日はまだセリエンに水読みの結果を伝えてなかったわ。ついでがあったら伝えてきてくれないかしら」
 すると、今度はフィエラが眼を丸めた。
「宰相閣下にですか?私がそんな大役を仰せつかってもよろしいんでしょうか。陛下の水読みって言ったらこの国の大事を占うものではありませんか」
 うろたえるフィエラに、苦笑しつつ大丈夫だと宥める。
「そうたいしたものではないから。お願いできる?」
 再び、聞けば、なにやらフィエラは覚悟を決めたように改まった顔つきになった。
「わかりました。それで、いかがですか?水読みの結果は」
 ただ、そう尋ねるのはどことなく、わくわくしているよう。
 本当にたいした結果ではないのだけれど、彼女にしてみたら女王にしかできないという水読みを、真っ先に教えてもらえるということが特別のものに感じられるのだろう。
 自分にとってはこれが極当たり前の力だけに、シーヴァネアは内心少しだけ複雑に思いながら、部屋の中央にある水盤へと近づいた。
 クリスタルで作られた水盤には、城の背後にそびえる聖山からの水が引かれ、常に水が満たされている。それは世界各地を見てきた水が雲となり、雨となって聖山に降り注がれたものだ。その水は頼めば世界各地の情報を水盤の上でシーヴァネアに解き放ってくれる。
 どうやって聞き出すかは簡単だった。少しだけ、水面に触れればいい。そうすれば、水を解して水の精霊がシーヴァネアの意思を汲み取り、シーヴァネアにあらゆる情報を与えてくれる。
 そのときも、シーヴァネアはいつもしているように水面に触れ、そっと眼を閉じた。
 指先に水の感触が伝わり、そこから水の持つ記憶がシーヴァネアの中に流し込まれる。
 透き通った水のイメージから、次第にその像が結ばれていって。
「あれは……雷光かしら。北の荒野を覆い尽くすほどの稲妻…」
 雷、荒野、そして真っ赤な雨。
 雷がシーヴァネアを襲う。
 全身を電流が駆け抜ける。
 ふっと一瞬、何かの影が頭の隅をよぎった。
 かっと両目を見開き、シーヴァネアはとっさに水盤から手を放した。
 熱い湯にでも触ったように、指先がひりひりとしていた。
 呼吸が荒い。
 もう一度、シーヴァネアは水読みのイメージを反芻した。
 北の荒野に鳴り響く雷。それから大地を覆う血のように赤い雨。そして、最後に見たもの。
 それは、赤い血の雨の中で佇む人物。雨に打たれ、全身を血の色に染めながら、物憂げな眼で空を仰ぐ。血に染まってもその髪の色は艶やかな黒だと、シーヴァネアには分かっていた。そして、空を望むその両目は本来の空の色そのものの蒼だとも。
「どうして」
 震える手指で、シーヴァネアは自分の顔を覆った。
 最後にみた、その姿。それは紛れもなく、シーヴァネア自身の姿だった。
 
 真っ青な空を、シーヴァネアは見上げた。それは水読みで見た黒雲ではなく、雲ひとつない晴天ではあったが、シーヴァネアの心を苛んだ。
 シーヴァネアの水読みは予知ではない。いち早く情報を知るための手段でしかない。
 同じように風読みもできるのだが、風の精霊が与えてくれる情報は水より早くても気まぐれで、ほしい情報を与えてくれないこともある。
 ただ、今はもっと詳しい情報を知りたかった。水読みで見た最後のイメージが、自分の姿ではないと言う証拠が。
「教えて、風の精霊。あれは誰なの?」
 風に手を差し伸べる。風が指の合間をすり抜け、絡みつく。
 でも、風は何も自分に伝えてはくれない。ただ自分の手指に絡みついては離れ、戯れを繰り返すだけ。
 シーヴァネアは仕方なく腕を下ろして、ため息をついた。
 すると、今度はシーヴァネアの物憂げなため息に反応した、生まれたばかりのそよ風がシーヴァネアに寄ってくる。彼らはまだ片言の言葉しか解さず、イメージを伝えることもないが、一番シーヴァネアに懐いて近寄ってきてくれる風だった。つい先ほど、窓から連れ出されたのも、この風のせい。
『ドウシタノ?』
 小さい風が、くるくるとシーヴァネアの回りで踊りだす。肩の上や手の平、足元でくるくるくるくる。髪の毛を悪戯にさらってみたり、頬に微かな冷気を運んできたり。普通だったら気付かないだろう所作が、実は風の精霊なりの慰め方なのだと、シーヴァネアは知っている。
「なんでもない。もう気にするのはやめるから、大丈夫」
 そう微かに微笑んで見せれば、首を傾げるように僅かに風は揺れて、それからぱっと笑顔になったように再びシーヴァネアの回りを跳ね回り始める。
 いくつも、いくつも小さな風がシーヴァネアの回りをくすぐるように動き回って、たまらずシーヴァネアは笑い始めた。
『ネエ、アソボウ、アソボウヨ』
 さっきフィエラに邪魔をされた代わりとばかりに、風はシーヴァネアの腕を再びぐいぐいと引っ張り、窓の外へ連れ出そうとする。
 それに気付いて、慌ててシーヴァネアは足を踏ん張った。
「ダメだってば。さっきフィエラにも怒られたでしょ」
 だが、そんなことを言っても風には人間の事情など関係ないらしい。どうしても連れて行こうとされて、シーヴァネアは仕方なく待ったをかけた。
「分かった。遊びましょう。でも、せめて着替えさせて」
 と、シーヴァネアは肩を竦ませながら、ドレスの裾をつまんだ。
 シーヴァネアのドレスは、淡い色合いの薄いシルクが何枚も重ねられたもの。ドレスにしては軽くて動きやすいのだけれど、さすがにこんなひらひらしたものを着たまま外に出ることはできない。
 風にしてみたら人間の着ているものの違いなど分からないから、最初はシーヴァネアの主張など完全に無視を決め込んでいた。それでも、シーヴァネアの粘りよい説得によって、衣装だけは変えることを許してもらえた。
 シーヴァネアはさっそく奥のクローゼットから一着の平民服を持ち出してきて、簾の影で手早く着替える。
 再び現れたときには、彼女の姿は何処にでもいる少年のような装いに変わっていた。
 長い髪を背で一つに束ね、シーヴァネアは弾んだ声で風に呼びかける。
「さあ、何処へつれてってくれる?」
 風がシーヴァネアの腕に再び絡みつき、引っ張った。それに任せて、シーヴァネアは窓から大空の中へと飛び出した。
 
 風に運ばれ、水に呼ばれて、シーヴァネアは港に程近い浜辺に下ろされた。
 遠くには、大きな魔力機関船が今にも着岸するかという光景が見えている。
 白い砂浜に足をつけると、打ち寄せる波がサンダルを覆う。久々に感じたその冷たさに、シーヴァネアの顔は自然と緩んだ。
「ありがとう、風の精霊」
 礼を告げる声も弾んでいた。
 風はそんなシーヴァネアに満足したのか、踊りながら他の大きな風と一緒になっていく。
 小さな風を取り込んだ大きな風は、青い空へ向けて舞い上がる。それを見送って、シーヴァネアはうーんと伸びをした。
 その隙に、今度は海の中に住む水の精霊がシーヴァネアの気を引こうと足元に何度も波を寄せる。