SEAVAN-シーヴネア編【未完】
晴れ渡った青い空。流れる白い雲。部屋の中に流れ込む風はさわやかで心地よく、眼前に広がる海の香りをふんだんに運んできてくれる。さらに耳をすませば、風の精霊が耳にした市場のにぎわいを、かすかだが届けてくれた。
平和な日だ。いつものように流れ、いつものように終わる一日。
彼女は、吹き抜けていく風を捕まえようと、窓から手を差し出した。しかしその指先をくすぐるだけで、風の精霊達は無邪気に笑いながら彼女から遠ざかっていく。
「あ、待って……」
空高くへ舞い上がろうとする気まぐれな風を追って、彼女は身を乗り出した。そのとき不意に、浮遊感が彼女の体を包み込んだ。体が半分以上部屋の外へ飛び出して、地上から遥かに高い空中に引きずり出されていく。
「シ、シーヴァネア様〜〜〜〜っっ!!?」
背後からの驚愕の声に彼女は振り返った。そこに洗濯物の入った籠を取り落とし、目と口を大きく開いて立ち尽くす少女の姿があった。
少女が慌てた様子で窓に突進し、こちらに腕を差し出した。そのときにはシーヴァネアと呼ばれた彼女の体は、もうほとんどが部屋の外に出ていた。
「ダメよ、フィエラ!」
だがシーヴァネアが止める間もなく、窓へと突進した少女フィエラは窓から飛び出したシーヴァネアの体を引き戻そうと、自身も窓の外へと身を乗り出す。辛うじて、その腕がシーヴァネアの腕を掴んだ。
ほっと、フィエラの顔が安堵に緩んだ時だった。
がくんと落下感が体を襲ったのは、シーヴァネアではなくフィエラのほうだった。
「き、きゃぁぁぁあ〜〜〜〜っっっ!!!」
絶叫がそこに響き渡った。
もしかしたら遥か下の地上にも届いて、誰かが何事かと上を見上げたかもしれない。
フィエラの足は窓枠を離れ、地上に向かって引っ張られていこうとしていた。
「フィエラ、しっかり!」
つい先ほどまでは腕をつかまれていた方だったはずのシーヴァネアは、今はフィエラの腕を掴む方だった。
しかし、その足元に足場となるようなものは何もなかった。彼女は空中に浮かんだまま、フィエラの体重を支えていた。
「シ、シーヴァネア様……」
フィエラの恐怖と涙によって歪んだ顔が、信じがたい光景を目の当たりにして呆然としたまま固まる。
シーヴァネアそんなフィエラに微かに苦笑を浮かべて見せた。
「大丈夫よ。心配しないで」
なるべくフィエラを混乱に陥らせないようにと気を使ったのだろうが、むしろそれは逆効果だった。
はっと我に返ったフィエラは、慌ててわめきだした。
「お、おやめくださいシーヴァネア様!」
だがシーヴァネアはそのとき、中空をフィエラの体を腕だけで支えて窓の方へと歩いていた。
「おとなしくしておきなさい、フィエラ。さもないと本当に落ちてしまうわ」
その一言に、フィエラは今の状況を思い出したようにおとなしくなった。ゆっくりとその視線が彼女の真下に向けられる。さっと、フィエラの表情から血の気がうせた。
真っ青になって硬直するフィエラに一つ嘆息し、シーヴァネアは軽く掛け声をかけて窓枠によじ登った。
ようやく足場のある場所に下ろされたフィエラだったが、床に足をついた途端に彼女はへたり込んでしまった。
「大丈夫、フィエラ?」
シーヴァネアが声をかけても、半ば放心状態で虚空を見つめるフィエラの反応はない。
どうしたものか。
シーヴァネアは無意識のうちに顎に手をやった。それから、床に投げ出された洗濯籠に目を向ける。それは床の上に逆さまに投げ出され、中にはいっていた洗い物は部屋の方々に散らばっていた。
とりあえず、散らばったシーツやら何やらを籠の中に戻そうと、シーヴァネアは籠を拾い上げ、シーツを拾い上げた。
真っ白で汚れもなく、毎日洗う必要なんてなさそうな絹のシーツを、小脇に抱えた籠の中へ放り込む。それから、同じく真っ白な綿のタオルが点々と散らばっているのを追いかけながら、一つ一つ拾い上げていく。
最後のシーツを拾い上げて、シーヴァネアは腰を起こした。籠に山積みになったそれらは、布だというのに結構重量がある。こんなものを毎日フィエラに洗わせているのかと思うと、なんだか申し訳なくなってくる。
そうだ。それならいっそ自分で洗ってしまえばいいのではないか。
そう思い立って、ひらひらしたドレスの袖をぐいと、捲り上げようとした時だった。
「な、なにやってらっしゃるんですか!シーヴァネア様!」
フィエラの驚愕に震えた叫び声が再度シーヴァネアの背後に突き刺さった。
くるりと首を巡らせると、しりもちをついたままのフィエラが、眼を見開いてこちらに指先を突きつけていた。
「フィエラ。よかった気が付いたのね。でも、もうしばらく休んだ方がいいわ。お洗濯なら私がやってくるから」
そう言ってシーヴァネアは扉の前に立った。クリスタルガラスで作られた分厚いそれが、シーヴァネアの姿を感知してすっとその場から消え去る。
だが、シーヴァネアが一歩部屋の外に足を踏み出そうとした時、何かが風のように脇をすり抜けた。
同時に、腕の中から重量感が取り除かれる。
一瞬の早業にシーヴァネアは今まで籠があったはずの腕の中をまじまじと見つめ、それからいつのまにか前に立っていた。フィエラの姿に眼を見張った。
フィエラは小脇にシーヴァネアから奪い去った洗濯籠を抱え、ぜいぜいと肩で息をしてシーヴァネアにきつい眼差しを向けていた。
「シーヴァネア様」
「何かしら、フィエラ」
なぜフィエラがそんな剣幕で自分を見つめているのか分からず、シーヴァネアは小首を傾げた。
そんなシーヴァネアに、フィエラは頭を押さえる。
「シーヴァネア様、貴方はご自分のお立場って者を理解なさっていらっしゃるんですか!?貴方は我がメレンデ女王国の女王陛下なんですよ!」
シーヴァネアはきょとんとした。それから、ごく平然と言った。
「そうね。でも、それと洗濯物を取り上げられるのと何が関係あるの?」
本気で理解していない主に、フィエラは大きなため息をついて、始まった頭痛に耐えた。
「ともかくです」
フィエラがシーヴァネアの眼前に人差し指を突き出した。
シーヴァネアはそのフィエラの気迫に気圧されて、上半身をやや後ろに反らせる。
「今後、こんな仕事には陛下は手を出さないで下さい。よろしいですか?」
有無を言わせない念押しに、シーヴァネアはからくり人形のような動作で首を縦に振るしかできなかった。
逆にフィエラは、満足げ。
ただ、ひとつだけ何かを思い出したように再びシーヴァネアに迫る。
「それから、シーヴァネア様。どういう魔法なのか私にはわかりませんけれど、お願いですからもうこの窓から外に出ようなんてなさらないで下さい」
「あれは、私じゃなくて精霊が…」
精霊の悪戯だったのだと、告げようとして、その先を遮られた。
「とにかく!私はもう、心臓が飛び出るかと思うほどびっくりしたんですからね」
怒っているような、心配しているような表情でフィエラに見つめられて、ただ小さく首を頷かせるシーヴァネアだった。
「それでは私はこれで失礼いたします。他になにか御用はございませんでしたか?」
平和な日だ。いつものように流れ、いつものように終わる一日。
彼女は、吹き抜けていく風を捕まえようと、窓から手を差し出した。しかしその指先をくすぐるだけで、風の精霊達は無邪気に笑いながら彼女から遠ざかっていく。
「あ、待って……」
空高くへ舞い上がろうとする気まぐれな風を追って、彼女は身を乗り出した。そのとき不意に、浮遊感が彼女の体を包み込んだ。体が半分以上部屋の外へ飛び出して、地上から遥かに高い空中に引きずり出されていく。
「シ、シーヴァネア様〜〜〜〜っっ!!?」
背後からの驚愕の声に彼女は振り返った。そこに洗濯物の入った籠を取り落とし、目と口を大きく開いて立ち尽くす少女の姿があった。
少女が慌てた様子で窓に突進し、こちらに腕を差し出した。そのときにはシーヴァネアと呼ばれた彼女の体は、もうほとんどが部屋の外に出ていた。
「ダメよ、フィエラ!」
だがシーヴァネアが止める間もなく、窓へと突進した少女フィエラは窓から飛び出したシーヴァネアの体を引き戻そうと、自身も窓の外へと身を乗り出す。辛うじて、その腕がシーヴァネアの腕を掴んだ。
ほっと、フィエラの顔が安堵に緩んだ時だった。
がくんと落下感が体を襲ったのは、シーヴァネアではなくフィエラのほうだった。
「き、きゃぁぁぁあ〜〜〜〜っっっ!!!」
絶叫がそこに響き渡った。
もしかしたら遥か下の地上にも届いて、誰かが何事かと上を見上げたかもしれない。
フィエラの足は窓枠を離れ、地上に向かって引っ張られていこうとしていた。
「フィエラ、しっかり!」
つい先ほどまでは腕をつかまれていた方だったはずのシーヴァネアは、今はフィエラの腕を掴む方だった。
しかし、その足元に足場となるようなものは何もなかった。彼女は空中に浮かんだまま、フィエラの体重を支えていた。
「シ、シーヴァネア様……」
フィエラの恐怖と涙によって歪んだ顔が、信じがたい光景を目の当たりにして呆然としたまま固まる。
シーヴァネアそんなフィエラに微かに苦笑を浮かべて見せた。
「大丈夫よ。心配しないで」
なるべくフィエラを混乱に陥らせないようにと気を使ったのだろうが、むしろそれは逆効果だった。
はっと我に返ったフィエラは、慌ててわめきだした。
「お、おやめくださいシーヴァネア様!」
だがシーヴァネアはそのとき、中空をフィエラの体を腕だけで支えて窓の方へと歩いていた。
「おとなしくしておきなさい、フィエラ。さもないと本当に落ちてしまうわ」
その一言に、フィエラは今の状況を思い出したようにおとなしくなった。ゆっくりとその視線が彼女の真下に向けられる。さっと、フィエラの表情から血の気がうせた。
真っ青になって硬直するフィエラに一つ嘆息し、シーヴァネアは軽く掛け声をかけて窓枠によじ登った。
ようやく足場のある場所に下ろされたフィエラだったが、床に足をついた途端に彼女はへたり込んでしまった。
「大丈夫、フィエラ?」
シーヴァネアが声をかけても、半ば放心状態で虚空を見つめるフィエラの反応はない。
どうしたものか。
シーヴァネアは無意識のうちに顎に手をやった。それから、床に投げ出された洗濯籠に目を向ける。それは床の上に逆さまに投げ出され、中にはいっていた洗い物は部屋の方々に散らばっていた。
とりあえず、散らばったシーツやら何やらを籠の中に戻そうと、シーヴァネアは籠を拾い上げ、シーツを拾い上げた。
真っ白で汚れもなく、毎日洗う必要なんてなさそうな絹のシーツを、小脇に抱えた籠の中へ放り込む。それから、同じく真っ白な綿のタオルが点々と散らばっているのを追いかけながら、一つ一つ拾い上げていく。
最後のシーツを拾い上げて、シーヴァネアは腰を起こした。籠に山積みになったそれらは、布だというのに結構重量がある。こんなものを毎日フィエラに洗わせているのかと思うと、なんだか申し訳なくなってくる。
そうだ。それならいっそ自分で洗ってしまえばいいのではないか。
そう思い立って、ひらひらしたドレスの袖をぐいと、捲り上げようとした時だった。
「な、なにやってらっしゃるんですか!シーヴァネア様!」
フィエラの驚愕に震えた叫び声が再度シーヴァネアの背後に突き刺さった。
くるりと首を巡らせると、しりもちをついたままのフィエラが、眼を見開いてこちらに指先を突きつけていた。
「フィエラ。よかった気が付いたのね。でも、もうしばらく休んだ方がいいわ。お洗濯なら私がやってくるから」
そう言ってシーヴァネアは扉の前に立った。クリスタルガラスで作られた分厚いそれが、シーヴァネアの姿を感知してすっとその場から消え去る。
だが、シーヴァネアが一歩部屋の外に足を踏み出そうとした時、何かが風のように脇をすり抜けた。
同時に、腕の中から重量感が取り除かれる。
一瞬の早業にシーヴァネアは今まで籠があったはずの腕の中をまじまじと見つめ、それからいつのまにか前に立っていた。フィエラの姿に眼を見張った。
フィエラは小脇にシーヴァネアから奪い去った洗濯籠を抱え、ぜいぜいと肩で息をしてシーヴァネアにきつい眼差しを向けていた。
「シーヴァネア様」
「何かしら、フィエラ」
なぜフィエラがそんな剣幕で自分を見つめているのか分からず、シーヴァネアは小首を傾げた。
そんなシーヴァネアに、フィエラは頭を押さえる。
「シーヴァネア様、貴方はご自分のお立場って者を理解なさっていらっしゃるんですか!?貴方は我がメレンデ女王国の女王陛下なんですよ!」
シーヴァネアはきょとんとした。それから、ごく平然と言った。
「そうね。でも、それと洗濯物を取り上げられるのと何が関係あるの?」
本気で理解していない主に、フィエラは大きなため息をついて、始まった頭痛に耐えた。
「ともかくです」
フィエラがシーヴァネアの眼前に人差し指を突き出した。
シーヴァネアはそのフィエラの気迫に気圧されて、上半身をやや後ろに反らせる。
「今後、こんな仕事には陛下は手を出さないで下さい。よろしいですか?」
有無を言わせない念押しに、シーヴァネアはからくり人形のような動作で首を縦に振るしかできなかった。
逆にフィエラは、満足げ。
ただ、ひとつだけ何かを思い出したように再びシーヴァネアに迫る。
「それから、シーヴァネア様。どういう魔法なのか私にはわかりませんけれど、お願いですからもうこの窓から外に出ようなんてなさらないで下さい」
「あれは、私じゃなくて精霊が…」
精霊の悪戯だったのだと、告げようとして、その先を遮られた。
「とにかく!私はもう、心臓が飛び出るかと思うほどびっくりしたんですからね」
怒っているような、心配しているような表情でフィエラに見つめられて、ただ小さく首を頷かせるシーヴァネアだった。
「それでは私はこれで失礼いたします。他になにか御用はございませんでしたか?」
作品名:SEAVAN-シーヴネア編【未完】 作家名:日々夜