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SEAVAN-シーヴネア編【未完】

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 フィエラは洗濯物を干しながら、今朝の騒ぎを思い出してため息をついた。
 でも、考えてみれば自分が女王付きになって2年、今日のように騒がしい日はなかった。窓から現れ、お忍び姿が見つかった時のシーヴァネアの慌てようなど、この2年間で見たこともないくらいに表情が豊かだったのではないだろうか。
 あれを見て、慌てつつもフィエラはほっとしたのだ。いつも憂い顔か、どこか寂しそうな笑顔しか見せないシーヴァネアも、こんな顔ができるんだと。
 改めて思い出して、フィエラは急に嬉しくなった気がした。
 どうせ仕えるなら、やっぱり傲慢ちきな貴族よりも、ちょっと癖はあるけど、親しみの持てる女王陛下の方がいいに決まっている。ずっとそう思っていたけれど、どうせ同じ女王に仕えるならどこか寂しげな女王よりも、表情豊かな女王の方がいい。
 フィエラは、一つ目的を見出した。
 もう一度、率直なシーヴァネアの表情が見たくなったのだ。
 なかなか見せてくれない表情も、自分ががんばって引き出していけばいい。
 そう思った。
 だから、フィエラは大急ぎで洗濯物を干し終えて、シーヴァネアの居室へ向かった。
 
 シーヴァネアは自室に戻り、再び窓辺に出した椅子に座っていた。
 もう太陽は中天を大きく過ぎ、西に傾き始めるころだった。それでも、このメレンデの風は温かく、やさしい。
 しかし、今のシーヴァネアにはそんな風の戯れも届いてはいなかった。ただずっと傾きつつある日を見つめ、想いを巡らす。
 胸にわだかまるのは、先ほどまでの謁見の内容だ。
 返答は、明日。
 明日までに覚悟を決めなければいけなかった。民を救うために自らを擲つか、それとも苦から逃れ、民を見捨てるか。
 本当は、答えはもう既に固まっていた。セリエンから条件を突きつけられたそのときには既に。それでも踏ん切りがつかないのは、かつての記憶が邪魔をするから。
 悩んでいるうちにどんどん日は傾き、空は朱に染まっていく。それに気づいてシーヴァネアは窓辺から立ち上がり、窓を閉ざした。朱に染まっていく空を見ていることができなくなったのだ。
 朱は今朝の水読みと、そして忌まわしい記憶を呼び起こすから。
 明かりの閉め出された部屋の中は薄暗い。だが、今はこちらのほうがシーヴァネアの心は落ち着いた。
「シーヴァネア様、何していらっしゃるんです。明かりもつけないで」
 ため息をついたときだった。扉が開いて、目を丸めたフィエラが入ってきた。
「今窓を閉めたところなのよ」
 だからこれから灯りを入れようと思っていたのだと言うと、フィエラは本当ですかと表情を曇らせながら、壁際のランプに灯を入れていく。
「フィエラ、もし、もしよ?」
 問いかけられたフィエラは、何ですかと灯を入れる片手間に聞く。
「もし…昔は仲が良かったけれど、今は自分のことをとっても嫌っている人たちがいるとして、それでもどうしても彼らと協力しないといけないとしたら、あなたならどうする?」
「なんですか、いきなり?」
「答えて」
 重ねて言えば、フィエラは軽くため息をついた。
「何があったか分かりませんけど、シーヴァネア様。昔仲が良かったのなら、仲直りすればいいんじゃないんですか? それがどうしても必要なことだっていうんなら余計です」
「でも、もうずいぶんと時間が過ぎているし、今更…」
 仲直りなんてできるのだろうか。
 そう沈みかけたとき、フィエラが憤慨したように言った。
「今更も何もないですよ。けんかしたら仲直りをする。それくらい子供にだって分かりますよ」
 それに、と腰に手を当ててフィエラは続けた。
「もしかしたら相手だって仲直りしたいと思ってて、言い出せないだけかもしれませんし。もし本当に嫌われていたとしても、今シーヴァネア様が歩み寄れば、それがきっかけで元の鞘に戻るかもしれないじゃないですか」
 迷うくらいならそうやって自分から動く。そう、フィエラが最後のランプに灯を入れながら言った。
 すると部屋の中が光に満たされ、ずっと明るくなった。フィエラが、ランプの傍らにいるせいかやけにまぶしく見えた。
「じゃあ、もう一つだけ教えて? もし謝っても、どうしても許してもらえなかったら?」
「そのときは、相手が許さなきゃならないような状況に持っていけばいいんですよ。たとえば、相手が嫌になるくらいしつこく謝り続けるとか」
 声をひそめて言ったフィエラは、片目をつぶっていたずらっぽく笑った。
 つられて、シーヴァネアも笑っていた。
「ありがとう、フィエラ。なんだかすっきりしたわ」
 そう言ったシーヴァネアは、城内で見るには久々の生き生きとした笑顔だった。
 
 
 辺りはすっかり闇に浸っていた。明かりといえば半円を描く月の光程度。
 だが、王宮の一角にある宰相の居室はまだ明々と灯が灯っていた。
 時折窓に長身の影が揺らめくのが、宰相その人。彼は他のものたちが寝静まった中でも、一人起きたままだった。その姿は夜着ですらなく、平服のまま。
 その姿で椅子に座しながら、既に半刻ほども彼は卓子の上を見つめていた。そこには、この世界全体の地図と、それから一振りの刀が置かれている。
 地図は、フェルディアスとメレンデのあるこの大陸を中心に、東を古の太神洋、西を新たなる大新洋が埋め、南には赤道をはさんで南西方向に伸びる細長い大陸が横たわる。
 そこまでは、一般的ではないにしろ国の中枢ではよく知られた地図だった。だが、卓子の上に広げられた地図は、そこからまた更に外側に広がっていた。
 太神洋の向こうには、もう一つ大陸が描かれていた。それは千年以上昔に存在したと言われる、神々の大地シーヴァン。
 それから、大新洋の向こうには黒く塗りつぶされた大陸があった。伝説の上では、それは冥界とも地の果てとも呼ばれる。かつて地上のほとんどを失わせたと言う、破壊神の眠る大地。ガルグ。
 セリエンは立ち上がり、その二つの大地の名を指先でたどる。それから少しばかりためらうように、かれは刀の柄を握った。
 だが、それが引き抜かれることはなかった。何かの魔力によって鞘と刀は強力に結び付けられ、何をもってしてもそれを引き抜くことは不可能だった。
 それがメレンデの国宝である神刀シャトロ。
 セリエンはその抜くことのできない刀を見つめた。その双眸に、常にはない懐古的な心情が見えたのは、おそらく気のせいではなかっただろう。
 セリエンは再び刀を卓の上に置いた。
 ことりと音がした。
 だがそれは、刀を置いた音ではなかった。
 セリエンは顔を上げた。
 視線を向けた先に見つけた存在を知って、彼の表情に滅多に表れないかすかな驚きが見えた。
「陛下」
 そう呼ばれた相手は、改まった顔つきでセリエンの居室に足を踏み入れた。
「こんなところから入ってごめんなさい」
 シーヴァネアは後ろ手にクリスタルのはめ込まれた扉を閉め、セリエンの前に立った。彼女は、風に頼んで外のバルコニーに降り立ち、入ってきたのだった。
「ご婦人がこのような夜更けに外に出るのは関心いたしませんが」
「大丈夫よ。風の精霊がいたから」