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SEAVAN-シーヴネア編【未完】

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 そう反論して、シーヴァネアは口をつぐんだ。セリエンの凍えるような双眸がシーヴァネアを見据えていて、思わずシーヴァネアは首をすくめたのだ。
「ごめんなさい。でも、どうしても聞いてほしいことがあったから」
「明日ではいけないことなのですか?」
「今、聞いてほしいの」
 セリエンは身を翻した。
「こちらへ。陛下をそのようなところに立たせておくわけにはいきませんので」
 そう、セリエンは円卓へとシーヴァネアを誘った。
 
 円卓につき、シーヴァネアはそこで見慣れない地図に気づいた。
「セリエン、この地図は?」
「これは、聖戦末期の地図です」
「聖戦の!?」
 シーヴァネアは驚いた。聖戦とは、千年以上昔の史上最大にして最悪の戦だった。創世の聖戦とも言い、破壊神アルスとそれに立ち向かった他の神々の争いだったと言う。これによって大地の大半は失われ、世界は荒廃を極めた。
 だが後に現れた一人の騎士によってその戦は終わりを告げた。破壊神が倒され、女神シーヴァネアに庇護された人間の世が始まるのだ。
 だから、この戦を創世の聖戦と呼ぶ。
 この地図は、そのころの物だと言われ、シーヴァネアは改めてその地図に見入った。
 一見しただけでは、千年も昔の物のようには思えなかった。だが、言われてみれば今では伝説上のものにしかなくなった地名がいくつもその地図の中には息づいていた。
 そしてその中に、一つの線をシーヴァネアは見つけた。
 神々の大地と呼ばれたシーヴァンから、今のメレンデ王都であるここシーヴァラインを通り、南大陸を横断し、西の果てにある闇の王国、ガルグの地へと伸びる一つの線。その線の上には各地に赴いた日付が刻まれていた。
 最後に書かれた日付は、闇の大陸の上。それは、シーヴァネアも良く知る日だった。
 旧暦の12月16日。今それは全世界共通の祭日だ。破壊神アルスが倒されたその日。
「もしかして、これはあなたが使っていた地図?」
 シーヴァネアは気がつくと胸が高揚してくるのを感じていた。
 セリエン=クルーズ。彼は聖戦が終わってからの今日までの千年以上を、宰相としてこの国を支えることに終始してきた。それがどうやって始まったのか、シーヴァネアは知っている。
 かつて破壊神アルスを倒した騎士は、その後女神シーヴァネアによって不老不死の祝福と、宰相の地位を約束された。
 そして未来永劫、女神と新たなる世界を支えていくことを誓った。それが、セリエンだった。
 だからこの地図はもしかしたら彼自身が破壊神アルス討伐の旅程を記していったのかと。そう考えて、シーヴァネアは今まさに自分が歴史の偉大なる足跡を目の当たりにした気分になって、高揚したのだった。
 だが、セリエンはシーヴァネアの言葉に対して首を横に振った。
「私のものではありません。ですが、私にとって大切なものであることには変わりはありません」
 普段ならただ冷たいだけのセリエンの瞳に、哀愁が帯びたように、シーヴァネアには感じられた。
 セリエンのように千年以上も生きていれば様々なこともあるだろう。大切な人を失うことも、多かったのかもしれない。もしかしたら、この地図もそんな人の遺品なのだろうか。
「陛下」
 だが、シーヴァネアがそんな計り知れないセリエンの時に思い巡らせていると、セリエンがシーヴァネアを呼んだ。
 はっと我に返ると、セリエンが地図の傍らに置いてあった刀を、シーヴァネアに差し出す。
「もし、陛下がリンゼルの訴えを受け入れるおつもりでここにいらっしゃったのでしたら、この刀をお受け取りください」
 そう、セリエンがシーヴァネアを促した。
 
 シーヴァネアは、自分でも嫌になるほど尻込みをしていた。
 刀は、一見しただけでは何の変哲もないただの刀のように見えた。
 つい今まで話していた偉大なる足跡と、これからの人々の運命。それらの重みがすべてその刀に集約されているような錯覚があった。
 シーヴァネアは大きく息を吸い込んだ。
 柄を握る手には、未だ迷いと戸惑いは残っていた。だが、それよりもシーヴァネアの心は別の強い想いに大きく傾いていた。
 シーヴァネアは腕を引いた。刀は、何の抵抗もなく鞘から離れた。
 引き抜かれた刀身は常にはない妖艶な光を放った。
 赤い炎のような光が刀身をを走り、淡い揺らめきと共に古の文字を刃に刻む。
「その刀は、王家に代々伝わる神刀シャトロです。先代の女王陛下も、それを手にかの獅子王と戦場で相対されました」
「お母様が?」
 シーヴァネアは軽く驚いた。フェルディアスの先々代帝王である獅子王ことネイビス王と、シーヴァネアの母である先代シーヴァネアが相対していたのは、シーヴァネアの生まれる前だった。
 だから彼女自身は知らなかった。一国の女王である者が、実際に戦場に出て命を賭して剣を交えるなど、信じることができなかった。
 だが、それはメレンデ以外の国では数十年前までは当然の行為であった。戦において安全な場所でのうのうとしている王になど、誰が従うものかと。
 メレンデだけがそれまで異色だった。それを、先代の女王が正したのだとも言われている。
 しかし、獅子王がメレンデ以外の国々を併合し、容易に戦を起こせぬような状況になって、その姿勢は改まった。国王が自ら出向くということは全面戦争を示し、そしてそれは双方が致命的な深手を負わざるを得ないことを示していたからである。
「ですが、今は再び世が乱世に赴こうとしていると言わざるを得ません」
「なぜ?」
「ネイビス王は近世稀なる強大な王でした。ですが、その後継者を育てることには失敗した。これからフェルディアスは分裂していくことでしょう。いえ、もはや分裂し瓦解しかけていると言ってもいいやもしれません」
 相次ぐ民の反乱、現体制に対する貴族たちの不満。今はまだセナ=ギリウスの手で押さえられてはいるが、巨大すぎる国家はおそらく彼女一人の手には余ることだろう。
 特に彼女に拮抗する力を持つものが眠りから覚めれば、帝国は必ず二分される。そしてそれはそう長くはかからないだろうと思えた。
「民は、いつの世も平穏を望んでおります。陛下御自らの手で新たなる秩序を民にお示しください」
 深くセリエンが頭を垂れた。
 シーヴァネアにはまだ少しだけためらいが残っていた。
「セリエン、私はあなたが言うようなことはきっとできない。今だって、こうしてここにいるのも自分のエゴでしかない。でも、これがきっかけになるなら…」
 良し悪し、どちらに転んだとしても、これで一つの決着をつけることができるだろう。
 元に戻ることは望まない。それでも少しでも現状が改善されるなら。
 シーヴァネアは記憶の谷間に思いを馳せる。
 二年前の忌まわしい事件と、それを境にして失ってしまった想いが、今も色褪せることなくそこに残っていた。