SEAVAN-シーヴァン編【未完】
アライムの視線が、小窓の僅かな隙間に映ったシーヴァンの姿を見つめていることに気付いた。同じく窓ガラスに映る彼の表情を、機体の陰が覆って暗く沈ませる。
飛空挺の駆動音に遮られるほどに、声も遠く細かったが、シーヴァンは確かに聞き取って返答した。
「セナ様のご命令でしたので」
シーヴァンの答えに、アライムはなるほどと苦笑する。
「残った一人は、どうなった?」
尋ねる声が、苦笑から微かな震えに変わった。
シーヴァンはその変化に僅かに首を傾げた。
結局、6人中帰還できたのはイリアだけだった。全員、隊の中ではトップクラスの魔法の使い手だったが、5人も彼によって撃退され、命を落とした。
だが、これらは計算の上だ。目の前にいる彼は、ただの人間ではない。シーヴァンと同じノア=シーヴァニスであり、そしてこの世に存在する9つの属性全てを極めたリム=イウルと呼ばれる極めて稀な魔法士。下位属性の6つしか満たさないあのメンバーでは、到底太刀打ちできる存在ではない。
ただ、イリアが生き残ったのは、幸いな誤算だった。
シーヴァンは、今は意識の中をさまよっているだろう一時の部下の顔を思い出した。 浮かんでくるのは、救護班に運ばれていく間際に見せた、自嘲ではない微かな喜びを含んだ笑み。瀕死の重傷を負いながらなぜそんな笑みを浮かべたのかは分からないが、あの分ならばおそらく大丈夫だろう。
彼もまかりなりにもノア=シーヴァニスである。ノア=シーヴァニスというものは、力を持たないグライディリスや普通のシーヴァニスなどよりよほど頑丈にできている。そう簡単に死ぬわけがない。
ただ、彼の傷は深かった。さすがに現地での治療は難しく、応急処置はされたが王都に戻らないことにはそれ以上どうにもできなかった。そのため、今彼はこの機に同乗している。
そう告げると、アライムの後ろ姿から強張りが取れたのが分かった。
「目が覚めたら、お会いになりますか?」
この機に乗っている間は無理かもしれないが、その後なら許可はしてもらえるだろう。そう提案したが、アライムは首を縦には振らなかった。
かわりに、再び彼は振り返った。そのときにはもう表情の中に影は見られなかった。澄み切った、曇りのない上等の宝石にも勝る強い眼差しが、柔らかく和む。
「ところでシーヴァ、堅苦しいのはやめてくれ。昔みたいにアラムでいいよ。おまえにそんな風に呼ばれると変な感じがする」
苦笑して、彼はシーヴァンに手を差し伸べる。
「とにかくまあ座れよ。見張りなんて、退屈だろう?」
昔話でもしようと彼に誘われて、シーヴァンはようやく椅子に座った。
アラムは楽しそうにかつてあったできごとを語りだす。
そうしていると、シーヴァンの中でもいくつもの記憶が呼び起こされ始めてくる。そのほとんどは2年前、アラムの身に起きたことだった。
* *
2年前、隣国であるメレンデ女王国との国境に、暴動が起こった。原因は、取るに足らない小さな諍い。しかし、それは両国にとって十分大きな火種となりうるものだった。
メレンデ女王国は、神話の時代から千年の永きに渡ってこのグライディル大陸の南部とメレンデ群島を領土として続いてきた大国である。獅子王とも呼ばれた先々代のフェルディアス帝王、ネイビスがこの大陸のほとんどを掌握するまでは、彼の国よりも強大となった国はなかったと言われていた。その割にはあまり戦を好まず、獅子王が最後にメレンデを攻め取ろうとした時も、戦よりも和平を望み、永世の不干渉を獅子王に約束させたほどだ。
だが、実際は両国の王がお互いに妥協したと言う説が有力である。強大な国同士であるからこそ、ぶつかった時の被害が甚大なものになることを恐れたのだと。
とにかく、以来数十年間、両国は危うい均衡を保ちながら共存してきた。2年前の暴動が起きたのは、そんな状況の中だった。
国境上で起きた暴動は、初めどちらの国も表立って手出しはしなかった。互いに相手の出方を見ていたのだが、それが逆に仇となったのかもしれない。
やがて暴動は見過ごすことができないほどに大きく膨れ上がり、ついに両国共に軍隊を送り込まざるを得なくなった。まさに一触即発の事体である。
このときメレンデが差し向けたのが、女王直属の精鋭、近衛騎士団。対して、フェルディアスが送り込んだのが、当時帝国最強を誇っていた魔法剣士隊だった。そして、アライム=マーナーは、この隊の副隊長を勤めていた。
シーヴァンはこのときまだ従軍しておらず、詳しいことは知らない。ただ、分かっているのはこの一触即発の事体から数日後、暴動を起こした反乱軍を含め、全軍が僅かな生存者を残して全滅したということだ。
原因は、ある巨大な魔力の暴発。そして、それを起こした元凶が、アライム=マーナーだった。最前線で戦っていた彼を中心として、半径1キロが消滅したという。彼がやったとしか考えられなかった。
しばらくしてから、アラムは死刑を宣告され、魔力を吸収する特殊房に監禁された。
シーヴァンが暴動の後に初めてアラムを見たのは、そのときだった。入り口や周囲の壁は魔術と共に物理衝撃にも耐えられるように2重構造。当然外部からの魔力介入も遮断するようにできており、侵入、又は脱獄も不可能となっていた。
シーヴァンはその特殊房の中で、彼を監視していた。事件を前後して従軍を許されたシーヴァンの、初任務だった。
だが実際は監視と言うよりも看護と言った方が正しい。彼は強い魔力を放出した反動で高熱を発し、意識を失っていた。ようやく目覚めたのも、彼がメレンデの国境から護送されてきてから1週間後。死刑執行の前日のことだった。
このとき、シーヴァンにはもう一つ任務を与えられていた。アラムの監視の他に、彼が目覚めた後の事情説明を。つまり、死刑の宣告を、だ。
本来なら、彼が死刑になるということは、彼が明確に帝国に反旗でも翻さない限り、それがどれほどの失態であろうとありえないはずだった。数百年に一人の割合でしか発生しない、全属性を極めしリム=イウルの称号を持つ魔法士。それが彼だ。その存在はたかだか1部隊でしかない魔法剣士隊の消滅と、比べられるものではなかった。
だが、極刑は下った。その理由の一つが、当時の王太子セイルの言葉が帝王に大きな影響を与えたからだと言われている。当時魔法剣士隊を率い、アラムの暴走に巻き込まれて瀕死の重傷を負ったセイル王子が一時的に覚醒したとき、アラムの処刑を帝王に進言した。殺されかけた息子に同情した帝王は、息子の願いを切り捨てることはしなかった。
それらのことをアラムに告げる前、彼はまだ自失状態だった。果たしてこの状態で何かを告げても、理解してくれるのだろうかと危惧もした。
それでも、シーヴァンはアラムに告げた。
「アラム、帝王陛下からのお言葉です」
そして、事体は一変した。
彼は、必死にシーヴァンが告げた内容を否定しようとした。言葉ではなく、ざんばらに切られた髪を振り乱し、床や壁に両手を叩きつけ、荒れ狂って。
作品名:SEAVAN-シーヴァン編【未完】 作家名:日々夜