小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

SEAVAN-シーヴァン編【未完】

INDEX|10ページ/22ページ|

次のページ前のページ
 

 シーヴァンはやめさせようとアラムに掴みかかったが、どこにそんな力があったのか何度も振り払われ、終いには手のつけようがなくなり立ち尽くした。
 変化に気付いたのは、そんな何度目かのあきらめの中だった。
 初めは周囲の壁の軋みだった。ぎしぎしと激しく軋んで歪んでいく。その音に気付いた時には、シーヴァンでさえ動揺を隠せなかった。
 一瞬、アラムの仕業かと危ぶんだ。荒れ狂っているアラムの感情が無意識のうちに魔法を発動させているのではないかと。実際、アラムならこの特殊房を破ったとしても不思議ではなかった。
 しかし、すぐにそれが間違いであることに気付く。アラムには念のための魔力封じの枷がつけられていた。もし彼がそれを破って魔法を発動させたとしたなら、それは既に木っ端微塵に砕け散っていたはず。そうなっていないのであれば、この歪みはアラムではない。もしや外部の力によるものなのではないだろうか。
 結論に達した直後、耳を打つ破裂音とともに強化ガラスが砕け散り、慌ててシーヴァンは飛びのいた。軋みはさらに激しさを増し、ついには柱の一本が大きくひしゃげて倒れかかった。
 まさかこのまま、わけもわからない力によって押しつぶされてしまうのか。
 薄ら寒いものを、シーヴァンは背筋に感じた。そのときだった。
 今まで何の兆候も見せなかった魔力封じの枷が、一瞬にして砕け散った。
 シーヴァンには魔法の発動を感じる力はなかったのに、そのときだけははっきりと感じた。アラムの持つ、うねる嵐のごとき魔力の流れを。
「嘘だ」
 覚えているのは、耳だけではなく全身から響いてくるような、アラムの否定。
 そして、微かに見えた銀色の影。
 『こいつは俺が預かる。そう、ご主人様に伝えておきな』
 人を嘲る声と笑みが、シーヴァンの意識を支配した。
 気が付くと、シーヴァンは破壊されかけた特殊房という空間の中に一人とり残されていた。アラムの姿も、理解できない力も、最後に聞こえた声の主も、何もかもが消えていた。
 
 * *
 
 それから2年が過ぎて、ようやく発見された彼は今、目の前におとなしく座っている。昨夜開かれた極秘の会談で、フェルディアス側が提示した妥協案の通りとなって。
 昨夜遅くに、リムーアの代表者とフェルディアス大総統セナ=ギリウスが直々に交渉の席についた。フェルディアスが提示したのは、アラムをフェルディアス側に引き渡すこと。そうすれば、今後リムーアに手出しはしないと。
 最初、リムーア側は返答を渋ったが、結局は彼を出してきたところを見ると、やはりあの6人を差し向けたのが効いたのだろうか。
 リムーアで、アラムは正体を明かさないまま生活していたと言う。
 それもそのはずだ。リムーアには彼に肉親や恋人を殺されたものも多くいるはずだった。その中で、彼がアライム=マーナーであることが知られればどういった結果を生むか。火を見るよりも明らかなことだ。
 そして彼ら6人の本当の役目は、アライム=マーナーの正体をそういった人間達に知らしめること。要するにあの6人は、アラムが力の一端でも発揮させる要因になってくれさえすればそれでよかったのだ。そうすれば、自ずとリムーアからアラムの居場所は奪われることになる。
 実際彼らの任務は成功し、アラムはこうして燻り出されてきた。これから、いったい何が起こるのかも知らないまま。
 アラムは相変わらず名残惜しそうに、小さな窓から遠ざかっていくリムーアの街並みを見つめている。おそらく、この2年間を過ごしてきたのだろう住処と別れがたいのだろう。
 やがて機体が大きく旋回しはじめる。そろそろ、窓のちょうど正面に当たる位置に、リムーアの街が入り込んでくるはずだった。
「シーヴァン=ノアー中尉」
 扉の向こうから、抑揚の薄い誰かの声がシーヴァンを呼んだ。シーヴァンはアラムから視線を放さないまま応じた。
「先ほど、リムーアより入電いたしました。準備が整ったとのことです」
 最初、何も聞いていないというように、窓の外を見つめていたアラムが僅かに『リムーア』という一言に反応した。
「決行しろ」
 シーヴァンの短い命令を聞いた後、扉の向こうの男が立ち去っていく。それと同時に、アラムがこちらを振り返った。
「シーヴァ、準備っていったい何のことだ?」
 整った顔の半分を不審に歪めて、彼はシーヴァンを睨みつける。
「リムーアに何をした!?」
 アラムの怒声が部屋の中に響いた。椅子を蹴立てて立ち上がり、シーヴァンに詰め寄る。
「リムーアを殲滅するのが、我々の任務ですから」
「約束を反故にするつもりか!?」
 だんっ、と派手に音を立てて背中を鉄の壁に打ち付けられた。彼の細い腕からは想像できない腕力で襟をつかまれ、締め上げられる。
「今すぐやめさせろ!!」
 一体リムーアに何が起ころうとしているのか、アラムには分からないはずだというのに彼は必死だった。それは、もしかしたらかつて帝国の将校として働いていた勘なのかもしれない。
 徐々に喉を締め上げる腕の力が増していく。供給される酸素が減り、息苦しさが増していく。だが、それをシーヴァンは他人事のような意識で受けとめていた。
「無駄…です。それよりも、座った方がよろしいですよ…」
 アラムが眉をひそめ、どういうことだと尋ねかけたとき。
 強烈な光が、唯一の丸窓から部屋の中を貫いた。続けざまに鼓膜が破裂しそうになるほどの大音量が耳を襲う。だが、それを感じる間もないうちに機体が大きく揺れた。
 足元を掬われ、再び背をしたたかに打ち付ける。そのとき、反対側へと流されていきそうになるアラムの腕を、光に眩む視界の中で辛うじて掴んだ。
 ようやく揺れが収まって気が付くと、アラムがシーヴァンの腕の中にいた。シーヴァニスの特徴の一つに成長が止まると言う現象があるが、それを人よりも早く迎えたがために男か女かの区別がつく前に止まってしまったという小柄な体だ。
 その腕の中の彼が、我に返る。するとこちらのことなど跳ね除けて、窓へと駆け寄った。
 窓にとりつく彼の体は、やがて小刻みに震えだす。眼を見開き、目の当たりにした現状を否定するように僅かに首を横に振る。
 立ち込める窓の外の砂煙。その向こうに、爆破され、粉々に砕け散ったリムーアの町だったものが見えるはずだった。
 窓枠にしがみついたアラムの指が、厚い鉄板の上を滑り落ちる。それと共に板と板の間に食い込んだ爪も表面を滑り、耳障りな音を立てた。
「どうして…リエレイ、ニーディア……みんな…っ!」
 嗚咽交じりの押し殺した声が、もう帰らないと分かりきっている者たちの名を呼ぶ。力なく窓の下にしゃがみこみ、自分が何のためにここにいるのか分からないと嘆く。
 逆に、安定を取り戻した機体の中でシーヴァンは立ち上がり、アラムの側へと歩み寄った。
「アラム、どうか椅子へ」
 うずくまるアラムを促そうと、華奢な肩に手をかけようとした。が、それが急に予期しない力で引き寄せられた。
 完全に不意をつかれた。気が付くと体が床に投げ出され、首にひやりとした鋭いナイフの刃があてがわれていた。
「今すぐ艇を下ろせ」