SEAVAN-シーヴァン編【未完】
そして東門。東門の鉄の門扉は砲弾や破壊魔法にさらされて、ほぼ粉々になっていた。よほど厳重に封印を施していたのか、他と同じようにありとあらゆる手を尽くした様子。こんな帝国南西部の田舎に分類されるような土地で、ここまで苦戦するのは普通ならありえない。さすがこれまで帝国を脅かしてきた反逆者が全国各地から集まっただけはある。
その門の周囲。散らばった門扉の破片を避けた隙間に人だかりができていた。鳴り響く銃声や、剣と剣がぶつかり合う音。放たれる鋭い魔法。そして人間の喚声や悲鳴。
腕を失い、目を潰されて絶叫をあげるもの。その絶叫を上げる暇もなく、首を飛ばされ、頭を割られて地に倒れるもの。
血と汗とにまみれた死に物狂いの人間達がぶつかり合い、せめぎあう。足元に倒れ行く仲間のことなどは目にも止めず、むしろその亡骸さえも踏みつけて敵へと斬りかかっていく。
その中を、シーヴァンはエアバイクにまたがったまま疾駆した。
城門の天井と斬り合う兵士達の合間を飛び抜け、幾人かは敵味方も分からないまま跳ね飛ばして城壁の内へ。
門を過ぎたところでシーヴァンはエアバイクから飛び降りた。その直後、大きな爆音が轟いた。勢いを保ったまま制御を失った車体が壁に激突し、その付近に競り合っていた兵士達を巻き込んで燃え上がる。
そのとき、更にもう一つ大音が響いた。金属に近い硬質な響きと、それに続く爆音。見上げるとそこに、白い煙を上げる塔が映りこんだ。石造りの壁に、大きな穴が開いていた。それはちょうど、イリアたちを向かわせた辺りに近い。
「やったか…」
どうやら、彼らの仕事が間にあったようだ。あの爆発はおそらく成功の証。ならばあとはこの城を落とすのみだと、を首めぐらした。
「おい、そこの嬢ちゃん」
そのとき、左耳に破鐘のような声が響いた。
熊のような毛むくじゃらの大男が一人と、その配下らしい男が数人、剣構えて並んでいた。テロリストと言うよりは強盗か暴漢と言った方が似合いそうな集団だった。それがこちらを物欲しげな目で睨みつける。
「派手な登場してくれたじゃねーか。一つ忠告しておくが、怪我したくなかったら今すぐ王都に帰んな。ただし、帰れるものならだけどな」
男が手にしていた巨大な斧を構えた。並の人間ならば持ち上げることすら難しいようなその大斧を、人の2倍、いや3倍はありそうな太い腕で軽々と支えていた。この男とくらべるならば、シーヴァンの腕は赤子ほどのものでしかない。
だが、余分につきすぎた筋肉は、大抵その動きを鈍らせる枷にもなる。力はあっても、当たらなければ意味はない。
「だがまあ、おまえのような人間が適当か」
ひとりごちて、左脇のセリヌンに手をかけた。
抜き放つ刀身は鋼色。
大男がさも意外そうに眉をひそめる。
「そんな細腕でやるってのかお嬢ちゃん。痛い目見ることになるぜ」
にやつく男に、シーヴァンはただ無言で冷たい鉄の切っ先を向けた。
「ふん、いきがってられるのも今のうちだぜ!!」
筋肉の塊が大斧を振りかざし、その巨体を揺らして向かってくる。整然と敷き詰められた石畳に足を踏み出すたびに地響きが轟き、まるでそれは重装甲車が全速で突進してくるようだった。ただの人間ならばそのまま踏みつけられるだけでも押しつぶされ、絶命するかもしれない。
「はっはっはぁっ!怖気づいたのかぁ?ちっとは楽しませてくれやお嬢ちゃん!」
下卑た笑いを浮かべて猛然と突っ込んでくる男に、シーヴァンは一歩も動かず、セリヌンを突きつけたままだった。
男の大斧が振り上げられ、弧を描いて風を唸らせてシーヴァンの頭上に振り下ろされる。
「ノアー殿!!」
騒ぎを聞きつけてきた誰かの絶叫が上がった。
だがその直後、大斧が穿ったのは白い石畳だけだった。男が突然掻き消えたシーヴァンの姿を探し、目を血走らせてぶんぶん首を振り回す。
そのとき、上からきらりと男の目をめがけて一筋の光が射しこんだ。
「はっ!上かぁっ!?」
地面にめり込んだ大斧を手に持ったままの姿勢で腰を折り曲げていた男が、がばりとその巨体を起こした。同時に斧と両の腕が振り上げられる。
「残念だったな、後ろだ」
男の目に差し込んだのは、刀に反射した光を更に城の窓ガラスに反射させたものだった。
男は血走った目を張り裂けんばかりに見開いて、振り返った。その顔が徐々に斜めにずれ動いていく。
斧を頭上に掲げた男の上半身が腰から滑り落ち、地面にどおっと倒れこんだ。
胴体を失った腰から、一斉に血しぶきがあたりに舞った。
倒れた上半身にゆっくりとかぶさっていく下半身から、まだびくびくと痙攣するはらわたが零れ落ちる。
そのまさしく地獄絵図のような光景の向こうに、この白い石畳の上を流れるおびただしい量の血と、既に肉の塊となった男の死体を、目をそらすこともできずに凝視し続ける他の男達の姿があった。
この大男の配下だった男達。がたがたと足と言わず肩と言わず全身を震わせて、身動きもままならずに立ち尽くしていた。
「そういえば言い忘れていたな」
ふと思い出して口にした言葉に、男達が過剰に体を震わせた。
やっとのことで視線を変えるその目は、もはやシーヴァンと言う人間ではなく理解できない何かを見て脅える目と化している。
シーヴァンの視線と、男達の視線が重なる。
「私はノア…性を持たざる者だ。お前達が言う“お嬢ちゃん”というものではない。それから…」
「ば、化け物!」
一人の絶叫が、シーヴァンの続けようとしていた言葉を遮った。
「私には名前があるのだが。言っても無意味か」
正気を失い、ただがむしゃらに奇声を上げて、男達がシーヴァンに向けて突っ込んだ。先ほどの大男の突進に比べればそれはアリの行進のようにしか思えない愚鈍さだった。
わずかに上体を逸らすだけでそれらの攻撃とも言えない突進をかわし、軽くセリヌンを閃かせた。
後に残ったのは、大男の死体の上に降りおちる肉片のみだった。
「次は誰だ」
問い掛ける周囲は、誰も動こうとはしなかった。皆この一瞬の出来事に血の気を失って青ざめ、じりじりと後退しようとしていた。
シーヴァンが一歩周囲に踏み出すたび、集まってきた人間たちの槍の穂先やら剣の切っ先やらが大きく退いていく。
また一歩。
「やめてください!!」
そのときどこからともなく女の高い声が辺りに響いた。
周囲にいた人間の動きが、一斉に止まった。
この戦場に、おそらく女戦士は多くはないだろうが少なくもないだろう。最前線で男性兵士にも勝るほどに剣を振るう者もいれば、後方から強烈な魔法攻撃で敵を一掃する者もいる。他にも司令部で誰よりも早く正確に情報を分析し、的確な判断を下す者も。おそらくリムーアでもそれは同じだろう。むしろリムーアの方が様々な制約のある軍よりも数としては多いかもしれない。
だが、そのとき発せられた声はそういった戦場に身を置く女たちの声とはまったく異なっていた。彼女らの口調は軍に属するもの特有のどこか堅い響きがあるのに、今の言葉にはそれがない。
作品名:SEAVAN-シーヴァン編【未完】 作家名:日々夜