SEAVAN-シーヴァン編【未完】
そんな指揮官に対し、周囲にいた者たちのうちある者は冷やかしの視線を向け、ある者は無言のままのシーヴァンとの間ではらはらしながら視線を泳がせていた。
「隊長、お話があるのだが」
「は!な、なんでしょうかノアー殿!」
シーヴァンの静か過ぎるほどの冷静な声に対して、指揮官の声はひどく上ずっていた。何人かがこらえきれず失笑をこぼすほどだったが、指揮官にはそれをとがめる余裕すらない。
「残念です隊長」
と、そこへわざと弱々しく作ったような声。
「これで隊長ともお別れなんですね」
目を潤ませ、大げさに袖を目元に持っていくそぶりをするのが、イリアだった。
「イリア!貴様はだまっとれ!」
ふざけた調子のイリアに対して指揮官が怒りをあらわに怒鳴り散らすが、イリアは慣れているのかそれとも初めから遊んでいるのか、ぷくっと頬を膨らませる。
「せっかく沈んだ空気を盛り上げてやろうとおもったのにー」
「いらんわ!」
「すまないが、話を続けてもいいだろうか?」
反射的に指揮官の背が、棒でも突きとおしたようにさらに真っ直ぐに正された。
顔色はイリアと相対していた間真っ赤だったのが、今はもう真っ青を通り越して血の気も無く真っ白だ。
「実は」
コツ、と軽い音を立てて、シーヴァンが指揮官に近づいた。
指揮官の突き出した喉仏が、ごくりと唾液を嚥下するのと同時に上下する。
「イリアをお借りしたい」
「は?イリア…ですか?」
指揮官でなくとも、このシーヴァンの言葉に皆ぽかんと大口を開けていた。
イリアだけがシーヴァンの傍らで、こらえきれずに腹を抱えて笑っている。
それに対して、シーヴァンは相変わらず無表情のまま、逆に皆の様子が理解できないと首を傾げる。
「いけないだろうか?」
「い、いえ!こ、こんな者でよろしければ、どうぞご自由にお使いくださいませ!」
我に返った指揮官がやたら丁重に返答を返すのへ、形式的な礼を述べてシーヴァンはイリアを誘って天幕を辞す。
置いていかれそうになるイリアが慌てて追いかける途中、いまだ立ち尽くしたままの指揮官に向かってにっこりと笑みを浮かべて言った。
「よかったっすねー、隊長。クビにならずにすんで」
それだけ言い残して、彼はシーヴァンの後について天幕を出て行った。
そのすぐあと、天幕の中にいた人間は椅子からずり落ち、またぐったりと背もたれに寄りかかる。その中で指揮官である男だけが、天幕の入り口を見つめたまま、肩を震わせていた。
「こっちの苦労も知らないで…」
吐き出される悪態はもう相手には届かない。が、声を大にして言うわけにもいかず、喉の奥に無理やり押し込められる。
はけ口を失った苛立ちは、血の気が引いて真っ白になるまできつく握り締められた拳の中。
そこへ。
「失礼いたしま…」
何も知らずに息せき切って入ってきた若い伝令が、指揮官の表情を見て青ざめ、硬直してしまった。
イリアの登場
シーヴァン登場
シーヴァンと司令官
立ち去る二人
残された司令部
天幕の外は多くの将兵であふれていた。各軍から集められた混成軍であるだけに、所属ごとに異なる軍服の色は、ある程度ごとには固まっているもののまばら。報告を伝え、指令を持ち帰るために走る伝令兵は緑。待機を命じられ力を持て余し、今にも飛び出していきそうなほどにいきまく若い兵士と、それを冷静にたしなめつつも、なんとしても手柄を立てようと虎視眈々と狙う上官は赤。それからまるで機械のように静まり返り、ただ黙々と時を待ちつづける戦士は白。
それらの鮮やかさを一瞥して、濃紺を纏うシーヴァンは全く別の方向へと足を向けた。戦の前の騒々しさを避けるように、人気の少ない陣のはずれのほうへと。イリアがその後に続く。
だがイリアがおとなしくしているわけもなく、3歩も進まないうちに例のにぎやかな口は再びシーヴァンの背中に話しかけてきた。
「おい、どこ連れてくつもりだよ?」
シーヴァンは黙々と歩き続けた。イリアの問いかけは完全に無視して、雑踏からだんだんと遠ざかっていく。
「少しはなんか答えてくれたっていいだろ?」
再度イリアがシーヴァンの小柄な背中に向かって話しかけてくるが、やはり返答はない。
「あーそう、わかりましたよ。行きゃいいんでしょ行きゃ」
投げやりな呟きの後、重いイリアの足取りはシーヴァンに並ぶほどの速度にあがった。不本意そうに顔をしかめて、時折なにやらぶつぶつと不満をいうらしいが、歩調が落ちることはない。つかず離れず、しばらくの間二人並んで雑踏のはずれを歩いた。
向かった先は帝国軍が陣を敷くなだらかな丘の上から、数分の距離にある小さな森。もし敵が伏兵を潜めていればちょうど帝国軍の陣営を横から急襲できる位置にあるがここに敵の伏兵がいないということはすでに確認済みだ。
しかし森に入ってすぐに二人の足は止まった。長いこと人の手が入っていない森だったらしく、背の高い雑草や低木などの葉や枝は伸び放題で、二人の行く手を阻んでいた。
「おいおい、こんなところに何があるっていうんだよ…」
盛大に溜め息を付いて、イリアがぼやいた。森の中の道無き道が、もとからやる気のないイリアからさらにやる気を奪う。頭を抱えてもうやめようとシ−ヴァンに訴えかけたところで、その横をシ−ヴァンが無言のまま通り過ぎた。イリアとは対照的に茂る枝葉を黒い軍靴のつまさきで踏み分け、遮られた視界を空けるために腕で押しやる。
一応、シ−ヴァンは今現在イリアの上官に当たる。それを考慮すれば結果は明らかだった。
シーヴァンが無言のまま、イリアが不平不満を繰り返しながらも作業を続ける。それがようやく終りを告げたのが、最後に大きく垂れ下がった木の枝を払いのけたとき。
「よお、シーヴァ」
わずかばかり晴れた視界から、気軽な呼び掛けが上がった。
そこには5人の男達が集まっていた。彼らはそろって同じ服装で、皆一様に現れた二人に大してにやついた笑いを見せていた。
「お前ら…!」
集まっていた面々に気付いたイリアが、たちまち目を見開く。
彼らが身に纏っていたのは、シーヴァンやイリアと同じ濃紺の制服だった。
戦場からは少しばかり外れた森の中に軍に属する者たちが5人。一見任務放棄の不良軍人にも見え兼ねないが、そうではない。
未だ状況を理解できずに大口を開けたまま突っ立っているイリアは放っておき、集まった者たちの前にシ−ヴァンが進み出た。
「これから、本日のお前達の任務を説明する」
それまでシ−ヴァンたちを見て冷やかすような表情をしていた者たちが、がらりと雰囲気を変えた。まるで血に飢えた獣の目がそこに並んでいるようだ。
だが、シ−ヴァンが5人の猛獣に憶することはなかった。彼はいつもの通り、あくまで冷ややかに彼等の期待を裏切った。
「お前達にはあの城の中に潜入してもらう。目的はある人物の確保だ」
ある人物の確保。その台詞に居並んだ者達は、一斉に怪訝な目を向けた。
「おいおい、冗談だろシーヴァちゃん?」
「人間一人捕まえてくるだけ?んなもんイリアだけで十分だろうが」
作品名:SEAVAN-シーヴァン編【未完】 作家名:日々夜