SEAVAN-シーヴァン編【未完】
奥の螺旋階段を、自分達は1列になって登った。アラムが先頭を行き、そのあとにミレニア。それから自分だ。
一番後ろから行くと、ホールと同じように浮かべられた光球に、時折照らし出される2人の会話や表情がよくわかる。ミレニアはしきりに前を行くアラムに話し掛け、アラムも昔を懐かしむように後ろのミレニアを振り返る。
その中で、ごく自然に交わされた言葉が、ようやく自分の疑問の答えに結びついた。
「あの、アライム様、もしよろしければ、また先生と呼ばせてもらっても…」
「いいよ。ミレニア」
ありがとうございますと破顔するミレニアに、ようやく合点が行った。アラムを先生と呼ぶのは、軍の中でもある一部の者達しかいない。イリアのように、魔法剣士隊の直属にあった養成所で、アラムに師事した者たちである。ということは、ミレニアもかつては魔法剣士隊に学生としてではあるが在籍していたということなのだろうか。
そのとき、急に視界が開けた。まだ明るい太陽の光が、開け放たれた窓から燦燦と部屋の中に降り注いでいた。
気が付くとそこはもう。塔の最上階に出ていたのだった。
部屋の中に、昨日設置されていたような強烈なライトはもうなくなっていた。そのかわり、昨日は閉めきられていた窓が全て開け放たれ、人口でありながらも自然に近い風の流れや、ドーム越しの太陽の光が部屋の中を満たしている。
ミレニアと自分はアラムに椅子を勧められ、中央に置かれた卓を囲んだ。卓の上には小さな茶器が置かれていた。
「すぐお茶を煎れるから」
アラムがそう言うが、この部屋にはポットも茶葉も見当たらない。しかし、彼が唐突に手のひらを翻したかと思うと、その直後には手の上にポットと茶筒が現れていた。
ミレニアが目を丸めて尋ねた。
「あの、先生。今何をなさったんですか?」
だが、アラムは「さあ、なんだろう」と笑みを浮かべただけで何も答えなかった。
そのあとも、アラムの手品のような芸当は続いた。
何もない空間から突然水が湧いて出てきたと思えば、川を流れる水のように何もない場所を滑り落ちてポットの中へと注ぎ込む。そして、そのポットにアラムが手を添えれば、傾けたポットからは熱い湯が出てきた。
自分にはアラムが何をしているのかさっぱり理解できないのだが、そんな不思議が続くうちにミレニアには分かったようだった。
これは種や仕掛けのある手品ではなかった。
「これも、魔法なんですね」
「ご明察」
アラムが、教え子の答えに満足そうに表情をほころばせた。
「何も、呪文があるものだけが魔法じゃない。普通魔法って言うのは魔力を魔界から呼び出して呪文に沿って構築していくものだけど、別に確固としたイメージさえあってそれを自分で構築できるなら呪文なんていらないんだ」
ちなみに今やって見せたのは空間制御の応用と、熱変化らしい。そう言われても魔法など全く知らない自分にはさっぱりなのだが、ミレニアはなるほどと手を打ち合わせて納得する。
「つまり、ポットとか茶筒とか水とかは違うところにあるのを、魔法で空間を繋げてこっちに持ってきたってことで、お湯を沸かしたのは魔法で熱を加えたってことなんだ」
そう、アラムが再度こちらを向いて説明した。自分で顔に出したつもりはなかったのだが、アラムには自分が理解できていないと言うことが分かったらしい。
ともかく熱いお茶も入り、再びアラムが空間を繋げて取り出した茶菓子も加えられて、ようやく三人でささやかな茶会をとなったのだが。
茶を注ごうとするアラムの手が、不意に止まった。何か気配を感じたのか、その視線がこの部屋の入り口に注視される。
それからすぐに、扉は開かれた。
「お楽しみのところ、申し訳ないんだが」
扉の向こうに現れたのはセナだった。
「お前のためにご夫人を一人連れてきたんだ。中庭に待たせてある。行ってやるといい」
がしゃんと茶器が卓の上に放り出された。セナの言葉が終わる前に、彼は走り出していた。扉の前にいたセナが身を引くのももどかしい様子で塔の階段を駆け下りていく。
いったい何が起きたのか理解できないまま、セナが窓の外を示した。
見下ろすと、塔の外観とは裏腹の美しい花畑。その中央に、一人の女性が立っていた。すぐにそれが誰なのか気付いた。
2年前、アラムが処刑された日に、自分の傍らで泣き崩れたアラムとそっくりの顔をしたあの女性だ。
「母さん!!」
そのとき、塔の真下で女性をそう呼ぶアラムの声が響いた。
塔の中から中庭へと、アラムが飛び出す。気付いた女性が振り返るときには、彼は華奢な女性の体を腕に抱きしめていた。その姿は姉と弟、もしくは兄と妹の熱い抱擁にしか見えないのだが、彼らは事実親子だった。シーヴァニスは歳を取らないため、こういうことも良くある話である。だから、初めて見たミレニアも、さほど驚きはしなかった。
「ミレニア」
ふいに、背後からセナが彼を呼んだ。反射的に、それまで窓の外を見下ろしていたミレニアの背筋がぴんと伸びた。
「実はおまえには一つ頼まれてもらいたいことがあるのだ」
なんなりとお申し付けください、と言うミレニアの声が、セナ直々の頼みということで僅かに弾んでいた。
「全ての属性の魔法士を剣の間に集めておいてほしい」
一瞬ミレニアも眉間が狭められるほど、その台詞はあまりに不可解だった。
剣の間とは、我が国の宝物庫にある一室の名である。千年もの永きにわたって大地に眠っていた古の魔剣から、名だたる刀匠の名刀まで、さまざまな剣が納められている場所だ。普段なら王族以外の人間が許可なく立ち入ることなど許されるものではなく、ましてやそこに全属性の魔法士を配備することなど、通常ならありえないことであった。
しかし、忠実なるミレニアム=ハーゼス中尉は何も問いただしたりはせず、早速命令に従うべく塔の螺旋階段を下っていく。
彼の足音がやがて遠くなっていく頃、セナがこちらに視線を向けた。
「不思議か?」
そう問われて、返答に迷った。不思議ではないとはいえないのだが。
「ルフィスを解放するには、それ相応の準備が必要だからな」
ルフィス。その名に戦慄すら覚えた。
それは、古の魔剣の一つで、刃渡りは常人の身の丈ほどもあり、その刀身には全ての属性の魔力が封じられていると言う大剣だった。
かつてはアラムが戦場でそれを振るい、多くの敵を屠ってきたという。その頃はまだ性の分化もなく、華奢だったアラムが軽々とその大剣を振るう様は、それだけで敵の恐怖を誘ったほどだった。
「ですが、彼の手にルフィスを戻すにはまだ早いのでは?」
アラムはまだ完全にこちらに協力しているとは言いがたい。そんな彼にルフィスまで渡してしまうことは、彼の脅威を増すだけではないのだろうか。
だが自分の危惧は、セナの嘲笑を誘っただけだった。
「切り札は私の手中だ。これがある限り、あいつは私に刃を向けたりはしない」
手の中で、セナは何かを転がした。小さな直方体の、何かの起動スイッチのようなものだろうか。
「できればこんなものは使いたくはないがな…」
そう呟くセナの表情が、僅かに陰ったような気がした。気のせいだろうか。
作品名:SEAVAN-シーヴァン編【未完】 作家名:日々夜